金正恩総書記は、北韓を民主国家や社会主義国家ではなく王朝国家にすること、いわば「金氏朝鮮」の確立を目指している。金氏朝鮮を打ち立てるためには、自身の血を引き継ぐ後継者を育て上げなければならない。その後継者候補として最も有力な人物が「ジュエさん」(以下敬称略)と見られる金正恩氏の実娘だ。
米政府系のラジオ・フリー・アジアは11月末、ジュエについて「朝鮮の新星」という称号が登場するなど、体制内部で偶像化が始まったという内部情報筋の話を紹介した。北韓は、11月21日に軍事偵察衛星「万里鏡(マンリギョン)1」を打ち上げ、成功したと主張している。
朝鮮労働党中央委員会の組織指導部は早速、平壌市党委員会、国家保衛省、社会安全省幹部を対象に記念講演会を開催。講演会では「最高尊厳の胆力で敵対勢力の軍事的企図を常時掌握する偵察衛星が宇宙に配備され、朝鮮に宇宙強国時代が開かれた」としながら、「宇宙強国時代の未来は『朝鮮の新星』女将軍によって今後さらに輝くだろう」と強調したというのだ。内部情報筋は、「朝鮮の新星」はジュエを指す言葉だとし、「『最高尊厳』の子どもを、金日成主席の初期の革命活動を宣伝する際に使用された『朝鮮の新星』という尊称で呼んだのは初めて」と話す。また別の幹部対象講演会でも労働党組織指導部が「軍事偵察衛星の打ち上げ成功で共和国の地位が上がった。これにより全世界が最高尊厳と『朝鮮の新星』女将軍を仰ぐことになるだろう」と宣伝したという。
ジュエが初めて公式の場に姿を現したのは昨年11月である。登場直後から「もしや金正恩氏の後継者?」とはささやかれたものの、さすがに年齢(10~11歳)や女子であることから単なる「愛娘のお披露目」と見られていた。しかしこの1年間で、ジュエが後継者、少なくとも後継者第一候補である可能性は格段に高まったといえよう。北韓では個人を称える敬称付きで呼ばれる人物は限られている。金与正氏でさえも敬称付きで呼ばれたことはないが、ジュエは既に「尊敬するお嬢様」と呼ばれ、「朝鮮の新星」という最高級の敬称で呼ばれている可能性すらあるのだ。
北韓では封建的男尊女卑の考え方が根強く、家父長的な儒教文化が支配的だ。ゆえに日韓の専門家の間でもジュエが後継者になることはあり得ないという見方が大勢だが、金正恩氏は儒教文化や封建的思想などの北韓式伝統を破壊しながら体制を構築してきた。弱冠30歳にして祖父ぐらいの年齢の党や軍の重鎮を次々と粛清し、叔父である張成沢(チャン・ソンテク)でさえも無慈悲に処刑した。実妹である金与正氏はすでに労働党の顔のように振る舞っている。歌手出身としてはじめて労働党中央委員会入りした玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏は、秘書のように現場を取り仕切っている。なによりも金正恩氏自身が長男ではなく、非嫡出子の次男として家督を継いだ北韓式伝統から外れた指導者だ。
それだけでなく、かつては後継者第一候補だった金正男(キム・ジョンナム)氏を暗殺した。金正恩氏にしてみれば、金氏王朝を築くうえにおいて儒教、家父長制を元とする北韓式伝統などは排除すべき厄介物にしか過ぎないのだろう。 |