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2023年08月15日 10:34
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「韓国教育財団」創立の意義
母国と同胞社会が一心同体に

 半島の分断以降、日本は南北のせめぎあいの場となってきた。当時、韓国が北韓よりも後れを取っていると見られていた分野がある。教育だ。そうした点から、「韓国教育財団」の設立は韓国が切った対北反撃カードの側面があった。在日韓国人の民族教育において唯一無二の存在である教育財団の創立意義と背景を探った。(ソウル=李民晧)

 韓国は1950年代まで、在日同胞の民族教育には無関心だった。密航者の扱いに対し、当局は「韓国の管轄領域ではない土地(日本)で起きたこと」とみなしていた。これに対し、韓国の同胞政策は「棄民」であるという抗議の声が上がった。
政府レベルで在日同胞に対する教育支援が本格化したのは、朴正熙政権に入ってからだった。62年12月、最高統治機関である国家再建最高会議は、在日同胞を対象とした奨学基金の確保について議論が始まり、翌春、駐日大使に奨学会の設置が指示された。
その後、駐日代表部と民団中央の幹部により設立準備委員会が設置された。そして63年7月18日、東京韓国学校で代表部公使と民団関係者、文教部の奨学官らおよそ20人が参加し設立総会が開かれる。「韓国教育財団」の前身、「在日韓国人教育後援会」はこのようにして誕生した。
政府はしかし、学生たちに支給する奨学金の財源すらも確保していなかった。教育後援会の設置基金として他の予算を転用したり、不足分は在日韓国人の実業家らに寄付を呼びかけることもあった。当時の後援会役員は、会長に徐甲虎(坂本紡績)、理事長に許弼〓(東京商銀)、副会長に辛格浩(ロッテ)各氏を据えるなど、そうそうたる実業家が顔をそろえていた。
教育後援会の設立目標は「財政の自給自足」。在日同胞の子供たちはほとんどが日本の一条校に通っていることも現実として受け入れつつ、同胞の子供たちに奨学金を給付し、民族教育の実施を支援するという意図があった。政府は、平壌政権直下の朝鮮大学をしのぐ「韓国大学(仮称)」を設立し、民団系学校を大幅に増設する方針も明らかにした。しかしそれは、財政の乏しさに加え当時の在日同胞の就学状況を見れば「絵に描いた餅」に等しかった。
「僑民の子供が通っているのは80%以上が日本の一条校で、17%が朝鮮総連系学校だ。民団系学校に通っている子供はわずか3%にすぎない」(67年1月7日、朝鮮日報)。

 

1973年4月12日、東京商銀で開かれた「韓国教育財団」創立総会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



在日同胞が「法人化」を請願

ハードルとして立ちはだかっていたのは財政問題だった。財政的な後ろ盾もないことから計画は滞り、実行することも不可能な状況だった。朝鮮、東亜、京郷など、60年代の国内日刊紙は「基金の出資が振るわない」と軒並み報じている。
進展がなかったわけではない。71年12月、政府は「在日韓国人教育政策審議委員会」を発足。翌年の支援予算として4600万ドルを策定した。その資金で日本国内5カ所に教育文化センターを建て、同胞学生に奨学金を支給する、という計画だった。
しかし、民団を中心とする同胞社会は早々に「教育後援会」の限界を指摘。「財団法人」へのシステム変更を請願していた。
寄付金が集まらない原因は明らかだった。法人ではないため、寄付金に対する免税の適用外だったからだ。巨額の奨学金を寄付しても税金分を差し引けば実際の寄付金は大幅に減額されてしまう。税務調査の口実になるかも知れないという懸念も作用した。
これに対し、韓日国交正常化が実現した65年以降、民団が是正を求めてきたが、政府は及び腰だった。対日交渉は70年代から本格化し72年末、日本で法人の認可が取得できるとの回答を得た。翌年1月、閔寬植文教部長官が奥野誠亮文部大臣を訪れて謝意を表明し、財団設立問題は一段落した。日本政府は73年2月1日付で財団法人としての正式な認可状を交付した。

創立日に10年間の半分の寄付

財団設立に至るまで、政府は在日同胞の教育に対して極度に資金を出し渋っていた。「解放後、政府が在日同胞の教育に投資してきた額は年平均1億ウォンに過ぎない」(73年4月30日付東亜日報)。
国民教育において責任は国が負担するのが常だ。韓国のメディアはしかし「裕福な在日同胞が寄付に躊躇している」といった類の批判めいた記事を度々掲載した。
「韓国教育財団」設立総会は同年4月12日、東京商銀会議室で盛大に行われた。会場には韓国と日本、在日同胞の重鎮らおよそ300人が集結した。韓日政府を代表し、閔長官と奥野大臣も参加した。
その日の様子について東亜日報は「在日同胞社会としては異例の祝賀行事だった。民団創立以来、これほど多くの在日同胞の重鎮らが一堂に会したのは初めてだと言う同胞もいた」と報じた。
この1日で集まった寄付金は約5000万円。これは、教育後援会発足から10年間で集まった募金の半分に達する額だった。財団化が奏功した結果だ。
教育財団創立の意義は大きい。在日同胞自らが次世代教育のための財政基盤を築こうと決意した。財団を軸に同胞が団結し、民族教育への求心的な団体が出現した。韓国政府は、「国民保護」の責務を負う国として在日同胞の民族教育への投資を本格化するきっかけとなった。
母国韓国と在日同胞が「教育」で一心同体となった、その結晶こそが「韓国教育財団」なのだ。

 

2023-08-15 7面
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