尹紫遠という歌人・小説家が綴った1946年9月から18年間に及ぶ日記がある。これは当時を生きた一人の在日朝鮮人の心情・暮らしについての資料であり、解説者である宋恵媛さんの言葉を借りれば「戦後日本で在日朝鮮人が書くということがどういうことなのかについての証言」だ。本書には日記についての宋恵媛さんの詳細な解説、息子である尹泰玄氏の回想記、尹紫遠日記の全文、さらには歌集『月陰山』の尹紫遠自身の巻末記が収められている。もちろん冒頭から読み始めるのに何ら問題はないが、まずは何の予備知識も持たずに尹紫遠の率直な言葉に触れてみることをお勧めしたい。
「東京は、けふ雨が降っている」と書き出した日記は、当初「君」への手紙という形をとる。手紙の中に登場する人物(妻や兄弟など・解説あり)や「君」を気にかけている様子が心を打つ。読まれることを前提としていない正直な心の発露は、グイグイと読み手を引き付ける。
この時代をよく知る読者なら、当時の息遣いまで伝わってくることだろう。さらに解説を読めば、本書がいかに貴重な一冊であるのか、大いに納得できる。
琥珀書房刊
定価=3850円(税込)
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