3月16日、尹錫悦大統領が日本を訪れた。韓国の大統領の訪日は2019年以来、4年ぶりである。これを機に、10年以上途絶えていた韓日シャトル外交の再開が確認され、戦後最悪と言われた韓日関係は改善に向けて大きく動き出した。政府関係者のコメントとして、このような動きの背景には、韓日の若い世代が互いの文化に親しみを感じている点があるのでは、という報道があった。
若者が互いの文化に親しみを感じている―確かにそれはうなずける。だが、それは今に始まったことだろうか? 筆者が韓流取材を始めた00年代初頭、周囲の反応は冷たかった。だが韓流ファンは増え続け、年代も中高年から若い世代へと波及していった。どうせ一時のブームに過ぎないとうそぶいていたメディアも、無視できなくなっていったのである。
今、K―POPやドラマに夢中になっている若者たちの母親世代が、韓国文化のブームを牽引してきたのだ。韓国ではさらにさかのぼって、日本の漫画やアニメを愛好する人々が存在していた。政府関係者のくだんのコメントは今さらの感が拭い去れない。
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今回取り上げるのはドラマ『還魂』と小説『破果』である。印象的なのは、どちらにも女殺し屋が登場する点だ。韓国文化とひとくちに言っても、今やさまざまな形態がある。ドラマも文学も多様化しているのである。ちょっと前まで、ファンを揶揄するようにささやかれた、韓流といえばイケメンが出てくるラブコメでしょ、などというステレオタイプでは、もはや韓国文化を語ることはできない。
到底ありそうもない現代の女殺し屋と、どこにも存在しない架空の時代の架空の国を舞台としたファンタジー史劇に登場する女刺客は、今この時代に、まさに生まれるべくして誕生したといっていいだろう。進化し続ける韓国文化が生んだ新感覚ドラマと、刺激的な文学を通して、今回も韓国の今を掘り下げていこう。
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まずは小説『破果』である。主人公の爪角(チョガク)は65歳を迎えたばかりの小柄で平凡な女性である。ところが彼女は45年のキャリアを持つベテラン殺し屋という裏の顔を持っている。爪角にはさまざまなバイアスがかかっている。まずは高齢であり、小柄で平凡な女性ということ。そして殺し屋という人には言えない職業に従事していること。だが前者が弱者の烙印であるとするなら、後者は無敵の勝者の烙印と位置付けることが可能かもしれない。どんなバイアスも一発で覆すことができるのだ。彼女がどんな事情で殺し屋になったのか、それは物語が進むにつれて、次第に明らかになっていく。
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一方、ドラマ『還魂』のヒロイン・ムドクは天下無敵の刺客であり、彼女の歩いた後には首が落ちている、という意味の落首の名で呼ばれてきた。還魂術という妖術によってムドクという少女と魂が入れ替わり、体はムドクだが、心はナクスとして生きている。彼女が刺客となった複雑な事情は、小説『破果』の爪角同様、ドラマの展開とともに明らかになっていくが、いずれも強者と弱者の関係が存在することは、容易に想像がつくだろう。
次回はそんな強者と弱者の狭間に生きる2人の殺し屋が、どのように自分の身を守り、生きてきたかを韓国社会と絡めて語っていくことにする。 |