 | 汝矣島・輪中路 | まもなく花見の季節がやってくる。ソウルでは氷点下20℃近くに達する厳冬を乗り越え、春を迎える喜びはひとしおだ。日本でも桜の開花予想がニュースとなる頃には韓国でも予想が発表されるが、異なるのはレンギョウとツツジの開花予想が先に出回ることだ。
レンギョウは韓国語では〝ケナリ〟として知られ、ソウル特別市の花とされる。暖かくなると黄色い小さな花弁がいっせいに開く。その名所は漢江沿いにある海抜約95メートルの鷹峰山(ウンボンサン)で、春になると山一面が黄色く染まる。その脇には京義・中央線が走り、車窓からもその風景を望む。山の頂には八角亭があり、近くの鷹峰駅や玉水駅からは歩いて15分ほどでたどり着く。ここは夜景の穴場としても知られている。
東京の桜の名所のひとつとして、王子駅近くの飛鳥山公園がある。ここは約25メートルの自然地形の山だが、享保期に徳川吉宗が桜を植樹し、庶民に開放したこ  | 目黒川 | とがその由来だ。この脇を東京さくらトラムという愛称の都電荒川線が走る。当初はヤマザクラが植えられたそうだが、今では東京都の花であるソメイヨシノ(染井吉野)が最も多く、ここにはツツジも咲く。この〝染井〟とは現在の駒込あたりで、明暦から元禄期に植木職人が栽培したツツジが有名だった。現在では根津神社や戸山公園の箱根山が名所である。
韓国の春を代表するツツジは韓国語で〝チンダルレ〟と呼ばれ、日本では見られないカラムラサキツツジという淡い紫の品種だ。おもに山に群生しており、ソウルでは北漢山、北岳山、清渓山などの稜線に咲く。レンギョウと同時に開花すると華やかだ。少し遅れて街中では韓国語で〝チョルチュク〟と呼ばれるクロフネツツジ、汗ばむ陽気になる頃にはサツキが花開く。
東京には桜の名所が数多いが、東京音頭で「花は上野よ♪」と唄われるように、江戸期には上野・寛永寺から始まり、今では上野恩賜公園が東京を代表する花見スポットになっている。お酒を飲みながらどんちゃん騒ぎをするのが、日本の花見スタイルといえるが、韓国では少々異なる。
ソウルでは汝矣島の国会議事堂そばの輪中路(ユンジュンノ)が代表的な名所で、この言葉は日本語の輪中堤(わじゅうてい)に由来する。4月の開花に合わせてお祭りが開かれるが、名称はあくまでも「春花祝祭」である。輪中路にはステージやテント屋台が設けられてお祭りムードにはなるが、基本的には歩きながら桜を眺める。この他にも江南を流れる良才川、ソウル東部の中浪川など、ソウルのあちこちに桜並木がある。
そして東京の〝韓流スポット〟でもある桜の名所といえば目黒川だ。中目黒駅付近を中心として目黒川に沿って2キロ強続く桜並木で、韓国の芸能人も訪れることからファンの間で話題となる。ここでは宴会ができず、その意味では韓国の花見に近い。川沿いの提灯を見ると東方神起、JYJ、SUPER JUNIOR、チャン・グンソクら数々の韓流スターたちの名前が記されているが、これらはファン個人による協賛であり、ソウルの地下鉄駅で見られる応援広告のような存在だろうか。
そして東京音頭には「柳は銀座♪」という歌詞もあるほど、銀座の柳は象徴的な存在だ。当初は街路樹として桜や松、楓が植えられたが、それらが育たずに柳に替えられた。その後も戦災、工事等を経て幾度の復活を遂げ、現在に至る。またソウル都心を流れる清渓川には柳の木が多く、晩春には柳絮(りゅうじょ)という白い綿毛が飛び回る。春から初夏へかけた旧暦4月8日の釈迦誕生日の頃には「燃灯会」と称し、鍾路や清渓川に色とりどりの提灯が吊るされ、オフィスの窓から漏れる明かりとともに新緑が映える。ソウルを訪れるときには花や緑も気に留めてほしい。
吉村剛史(よしむら・たけし)
1986年生まれ。ライター、メディア制作業。20代のときにソウル滞在経験があり、韓国100都市を踏破。2021年に『ソウル25区=東京23区』(パブリブ)を出版。 |