 | 聖水洞 cafe onion | ソウルと東京のなかで、ともにニューヨークのブルックリンに例えられる街がある。それは両都市の東部にある聖水洞(ソンスドン)、東京では蔵前や清澄白河だ。ブルックリンはニューヨーク5区のうちのひとつで、古い工場や倉庫が多く、かつては荒廃していた。そこにアーティストたちが住み始め、レンガ造りの建物や壁画アートなどで味わい深い街並みへと変化した。さらに製糖工場の跡地は2018年にドミノ・パークという名の美しい水辺の公園へと生まれ変わった。
ソウル・聖水洞は近年、若い世代を中心に脚光を浴びる街だ。緑の環状線の地下鉄2号線・聖水駅は高架になっているが、駅前には製靴工場街を示すヒールのオブジェなどが設けられている。
駅周辺は準工業地域に属する町工場街で、日中は作業や運搬のために出入りする人々の姿を目にする。11年にはレンガ造りの倉庫が”大林倉庫”という名のレストラン兼アート空間へと生まれ変わって人気を博すと、次第にカフェなどが増えていった。廃工場を改装した独特な雰囲気のなかで、珈琲やパンが味わえる〝cafe onion〟もそのひとつだ。近年は街の景観に合わせた形でショッピングモール”聖水連邦”が建設された。そして街を南へ歩くと漢江へたどり着く。
東京の蔵前や清澄白河はともに大江戸線の環状部の駅である。蔵前は隅田川沿いにあった江戸幕府の御米蔵に由来し、ここで年貢米を貯蔵し  | 清澄白河 Allpress Espresso | た。今では低中層の建物が整然と並ぶ町並みだが、駅西側に位置し、蔵とエコをモチーフにしたデザインの蔵前小学校にその歴史が表現されている。路地には店舗、倉庫として使われていた低層ビルの1階などを改装する形で、洗練されたカフェや店舗が増えていった。
そこから隅田川を挟んで南東に約3キロ離れた清澄白河駅付近は、北は小名木川、東に大横川、南には仙台堀川という運河として掘削された川に囲まれ、00年の大江戸線開業を機に建てられたマンションも目立つ。そんな土地柄から元々は倉庫が多く、それらをリノベーションした店が街に点在する。ニュージーランド発の〝Allpress Espresso〟は、14年に木材倉庫を改装してオープンし、木の温もりのある建物で香り豊かな珈琲が味わえる。15年にはアメリカ発の〝BLUE BOTTLE COFFEE〟が日本初となる店舗をオープンして話題を呼んだが、もとはこの店も倉庫だった。ソウル・聖水駅の隣、2号線の高架が続くトゥクソム駅前には19年に韓国初の同店が開業したこともまた共通点だ。都市計画の観点では蔵前が商業地域、清澄白河は準工業地域が中心で、聖水洞に近いのは後者といえよう。
そこから歩いて数分のところには12年に盆唐線ソウルの森駅が開業し、周辺は開発が進んだ。近くにある漢江沿いのタワーマンション〝Trimage(ツリーマゼ)〟は、ジェジュンやBTSのJ-HOPEとジョングクが一室を購入したことでも知られる。緑豊かな公園「ソウルの森」と駅とのあいだにはカラフルなコンテナモール〝UNDER STAND AVENUE〟や、住商複合のタワービルが次々と建設され、ある意味では豊洲のような開発ぶりだ。そこにSMエンターテインメント新事務所や同社のメタバースブランド〝KWANGYA(クァンヤ)〟の旗艦店、お洒落な現代アート美術館の〝D MUSEUM〟、駅の隣には化粧品ブランド〝CLIO〟の社屋といった若者に人気の要素が集結するなど、今後もにぎわいが期待できる。
ソウル・東京の東部で工場や倉庫の街だったエリアには「古き良き」を生かした新しい店が増え、定着しつつある。ブルックリンのようにリノベーションの精神に富んだ街を歩いてみれば、新しいアイデアが生まれるきっかけになることだろう。
吉村剛史(よしむら・たけし)
1986年生まれ。ライター、メディア制作業。20代のときにソウル滞在経験があり、韓国100都市を踏破。2021年に『ソウル25区=東京23区』(パブリブ)を出版。 |