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最終更新日: 2022-08-08 09:56:54
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2022年06月07日 09:54
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古代史万華鏡クラブ~私説・骨董で学ぶ古代史(6)
謎だらけの銅鐸

青銅について書いてきた。写真はお気に入りの駱駝とテンの燭台。金属加工に優れた半島では青銅の仏像や工芸品が多いが倭では銅鐸以外は少ない

 これまで私が買い集めてきた古代の物について話してきた。まあ、骨董とまではいかずガラクタが多いが、古代史好きにとっては大切なものばかりだ。紹介できなかったが土偶もあるし円筒埴輪の破片もある。コレクションの最終目標は銅鐸といきたいが、さすがにそんな財力はない。
銅鐸は古代の日本を代表する造形物だと思う。が、これほど多くの謎に包まれた遺物はない。誰が何のために作ったのか、どこから鉱石を集めたのか、なぜ忽然と消えてしまったのかなど、分からないことばかり。銅鐸はこれまで500個ほど発掘されているが、ほとんどが人里離れた土の中から偶然発見される。なかには琵琶湖の水中から発見されたものもある。さらには各地の風土記はおろか、官撰の日本書紀にも古事記にも一切出てこない。
銅鐸は土器などを伴わず埋められているため時代の特定が難しいが、およそ紀元前200年代から紀元200年頃まで作られたらしい。銅鐸が消える頃、倭の墓が変わった。地面を四角に区切り、四方に溝をつけ、50センチ程度の盛り土をした方形周溝墓から、高い塚を持つ墳丘墓が現れる。その前段階のようなものは見つかっておらずいきなりだ。古墳時代の到来だ。そのあたりに銅鐸が消えた謎のヒントがありそうだ。
銅鐸の祖型は中国の小楽器(大小十数個の鐘を吊るしメロディをかなでる)、編鍾や朝鮮半島で馬や犬の飾り、馬鐸といわれる。
また、形は似ていないが中国の雲南省やべトナムに住む苗族の銅鼓(ドラム)がルーツであるという説も有力だ。銅鼓に刻まれた文様や絵が銅鐸に酷似。区画に区切られたスペースに鹿や鳥、舟や高床式住宅、臼で籾を搗く人物など共通点ばかり。さらに今も祭りの時以外は土の中に埋めて保管するというところも共通点だ。
編鍾・馬鐸祖型説は、朝鮮半島の東南(辰)に移住した先秦時代の漢人が倭に渡って作ったという説。
銅鼓祖型説は、江南やインドシナ半島の苗族が漢人に追われ、ある一団はラオスやタイの山奥へ。舟で逃れた一団が朝鮮半島南部から倭にたどり着き作ったと推理。魏志倭人伝に銅鐸は登場しないが、夫余の条には葬送儀礼に鐘を叩き歌舞飲食する迎鼓、韓の条でも鐸舞というものが記されていて面白い。銅鐸も最初は鳴らし、後には大型化し、見る祭器となったが、同じような使われ方をしたに違いない。
銅鐸は400年以上にわたり作られ、デザインや大きさといい存在感タップリなのに後の時代には完全に忘れられてしまっている。686年に近江で五尺五寸という巨大な鐸が発掘されたことが「扶桑略記」にあるが、当時これが何であるかを知る人はどこにもいなかった。記紀を編んだ人たちもこの発見を知っていたであろうが、無視している。
ようやく平安時代に編纂された正史・続日本紀に銅鐸が登場する。713年大和で見つかった鐘は銅鐸の名が初めて使われている。「高さ三尺、口径一尺、其の制、常に異にして、音、律呂に協ふ…」。叩いて試した結果、楽器としての機能を確認したが、「其の制、常に異にして」とは”古い時代の物体で、我々天皇族の楽器とはまるで違う”と突き放している。つまり異民族・異文化の物だと言っている。
7~8世紀に続々と発見されていた銅鐸だが、8世紀に作られた正倉院にも収納されていない。仏教を篤く信奉した聖武天皇ゆかりの物を中心に集めた所とはいえ、収納品の目録に「銅鐸」の文字を見つけることはできない。”マツロワヌモノ”という言葉がある。同じ神を祀らないものは理解しがたい敵であった。銅鐸を祀る人たちの存在自体を否定したとしか思えない。
前述したように銅鐸に刻まれた絵画はのどかな農村風景だ。田にはトンボやカマキリやサギ。水辺にはスッポンやカエル。狩りに行く森には鹿や猪。喧嘩の仲裁をする人間臭い人物もいる。土着の縄文・弥生人と平和に暮らしていたことが伺われる。
そんな地に鏡・玉、そして最新の鉄剣を祀り(いわゆる三種の神器)、高塚の墓にそれを埋葬する戦い慣れした種族が侵入してきたらどうするか。大事な銅鐸を集めて地中に隠して逃げた…。侵略者の指示で地中に廃棄した…。あるいは祭りに備え地中に埋蔵していた地に二度と戻ることが出来なかったのか…。いろいろと想像してしまうが、銅鐸は忽然と地上から消え、歴史からも忘れられる。
神武東征神話、邪馬台国東遷、騎馬民族の侵入などに、その回答があるかもしれない。
近畿や中部地方で作られた末期の銅鐸は大きく(144センチ、45キロが最大)華美だ。しかし悲しい民族の歴史もそこに秘められている。

【講師紹介】勝股 優(かつまた ゆう)自動車専門誌『ベストカー』の編集長を30年以上務める。前講談社BC社長。古代史万華鏡クラブ会長。奈良を愛してやまない。

2022-06-08 6面
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