初めて著者の作品を本欄で紹介したのは、2019年7月の『惨憺たる光』だった。21年10月には、6人の作家による短編集『私のおばあちゃんへ』の中の1編『ブラウンシュガー・キャンディ』(本書収録)についても少し触れた。なぜ記憶を探ったかというと、読んだとたんに「懐かしい」との思いが込み上げてきたからだ。そうそう、これがペク・スリンの世界だったと。
地球上のいろいろな場所が作品の舞台に選ばれている。その都市の名前や気候風土、歴史的背景が語られ、確かにそれらは重要な意味を持っている。異邦人としてやってきたその場所に存在しながら、登場人物たちが作り出す心のひだは、それぞれ微妙に異なっている。ほんの少しのズレが生じた瞬間―著者はそれを逃さない。
そして、人を隔てるものは国境や人種だけではない。その内側に留まろうとする者、見えない壁を壊して進もうと静かに決意した者。その意思は人物の言葉としては語られない。代わりに降り続く雪や乳飲み子が雄弁に物語る。読んだら癖になる一冊、ぜひ楽しんでいただきたい。
書肆侃侃房刊
定価=1870円(税込) |

- 2022-05-18 8面

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