モーメント・アーケードで買えるのは「誰かが体験した人生の瞬間(モーメント)」だ。短く編集した人々の記憶データが商品というわけだ。購入者は、VRゴーグルからまぶたに投影されるモーメントを楽しむことができる。近未来に現実化しそうなサービスだ。自分で映画を見るのと映画モーメントの違いは、後者は「その映画を観た他人」の感情や気分を体験するという点にある。
主人公の「私」は、今日もモーメント・アーケードにログインしている。「私」はキラキラしたモーメントには興味がない。ある時、再生回数が1桁のモーメント・リストが目に止まる。キーワードを打ち込んでオススメされたのが、「あなた」のモーメントだ。それは「私」に深く響く体験だった。
「あなた」へ自分のことを伝え始める主人公。母親との確執、姉との関係、引きこもるようになったいきさつなどが、徐々に明らかになっていく。現実を受け入れる準備ができた「私」は、姉のモーメントにアクセスすることを決意する。そして「私」は自分のいる場所に気づく。
重たいテーマだ。簡単なハッピーエンドとはいかないが、かすかな希望が後味を爽やかにする。
クオン刊
定価=1320円(税込) |

- 2022-05-18 8面

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