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最終更新日: 2022-06-22 05:50:32
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2022年02月08日 11:37
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古代史万華鏡クラブ~私説・骨董で学ぶ古代史(3)
翡翠と勾玉の古代幻想

 私の手のひらの小品が今回のテーマだ。

手のひらの中の古代の小宇宙。この春はヒスイを探しに行ってもらいたい

3センチちょっとの勾玉。形は弥生時代の紀元前後の中期型らしい。小さな石ころは私が富山の海岸で拾った翡翠(ヒスイ)の原石。明るい緑色が控えめに入っている。緑鮮やかな円錐のヒスイが二つ付いた銀製の髪飾りはソウルの骨董店で見つけた。昔の韓国女性のファッションには疎いが、髪の分け目を整えるティコジと呼ばれるものではないだろうか。同じくソウルで買った碧玉の丸玉2個も並べた。
古代最高の玉であったヒスイは5000年以上前から加工され、愛されてきた。日本の考古学者はごく最近まで、あの古代にどうやって運んできたのかは謎のまま、ミャンマー産だと思ってきた。
ところが1939年、新潟県糸魚川市に河口を持つ姫川の支流、小滝川と付近の青海川の上流でヒスイの原石地が発見される。それが全国各地で見つかるヒスイ製品と同じであると正式に認められたのは1954年のことである。発掘される製品のほぼすべてが小滝・青海川のものなのに、なぜ日本人の記憶から完全に忘れられてしまったのか…。まさに古代のミステリー。松本清張がそれをヒントに『万葉翡翠』という短編小説を書いているほど。
アジアで硬玉ヒスイ(ジュダイド)を産出するのはミャンマーと日本だけである。玉の国である中国は美しさで劣る軟玉ヒスイ(ネフライト)しか産出しない。私のティコジも李朝時代の物だろうからミャンマー産だろう。
そんな貴重なヒスイを自由に拾える場所がある。富山県朝日町の宮崎・堺海岸。通称「ひすい海岸」だ。
私の経験では(1)角ばっていず、丸くて表面がツルツル滑らかな石(2)少し重く感じる石(3)白っぽい石に最も可能性があるが、青や紫、灰色や黒っぽい石にも可能性がある。私も紫色を拾った。緑色でないから価値は低いと言われたが充分美しい。緑色を意識しすぎると蛇紋岩に惑わされるだろう。本命ではないがメノウ(古代では玉髄)もある。
波打ち際を歩いて小石の中を探すだけ。道具は不用。必要なのは根気だけ。古代人も海岸で拾っていたらしいから、古代史ファンはぜひチャレンジしてほしい。
ヒスイときたら勾玉(曲玉)だ。”日本人の魂”とか”古代からの神聖なもの”と教えられてきたから日本人は何か特別なものに感じるだろう。しかし、そんなに古くから日本だけにあるものなら平安時代の天皇や貴族が身に着けていてもいいと思うのだが、そんなことはない。勾玉は6世紀頃から衰退し始め、8世紀には作られなくなった。越中の生産地や全国にあった”玉造り”も忘れ去られた。仏教伝来による死生観の変化があったのである。奈良時代の聖武天皇ゆかりの品を収集した正倉院の収蔵物で特に重要な国家珍宝帳に勾玉はない。武器や雑多なものを収める中倉にあるというが、その程度の存在になってしまった。
以来、日本人は身体を飾る宝飾類のほとんどを西洋文明が入ってくるまでの1200年間捨ててしまった世界でも珍しい民族だ。
古代人はヒスイや勾玉に呪術性を求めたというが、そうでもない面もあるようだ。例えば邪馬台国の時代、伊都国などの北九州では三種の神器たる鏡・剣・勾玉の初期埋葬で知られるが、ヒスイなどの貴石よりガラス製の勾玉の方が圧倒的に好まれたようだ。ガラス勾玉を作るための鋳型も発見されており、硬くて造形が難しいことが解消された結果、すんなりとしたC型となり、定形勾玉として完成する。九州では勾玉は材質より、その形が尊ばれた可能性がある。
日本だけと教えられた勾玉だが朝鮮半島でも出土する。青銅器時代になると指輪・腕輪・管玉・丸玉・ボタンと共に勾玉も現れている。新羅の5~6世紀の王墓、天馬塚や皇南大塚などで発掘された王冠に沢山の勾玉の歩揺が付けられている。腰を飾るクミゲにも付く。金冠塚の王冠のヒスイ勾玉の数はなんと57個! 日本よりはるかに多用され立派だ。それは小滝・青海川産でもあった。
当時、新羅は倭と争っていた。その敵対関係を超えてまで新羅の王族はヒスイの勾玉を重要視して欲しかったのだ。倭はその対価として鉄と金を得ていたのであろう。歴史に表れないヒスイ外交があったのだ。
それにしても勾玉は何を表しているのだろうか。胎児、魚、腎臓、釣針、月、獣牙など諸説あるが、世界的な模様である現代で言うペイズリー文様はどうだろう。バビロニア、ギリシャ、インド、中国説など起源は判然としないが、それは魂を表す人類の根源的形だからなのだろう。日本では勾玉模様とも言うし、韓国国旗の太極の意匠もそれだ。
日本、そして朝鮮半島の古代人は魂の形を立体的に表現した偉大なデザイナーであった。

2022-02-09 0面
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