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2021年11月25日 00:00
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◆多方面からひもとく韓国映画◆『HHH・候孝賢』(仏・台)
ニューシネマの旗手と近現代の民族誌

下川 正晴(元毎日新聞ソウル支局長)

侯孝賢が「憧れる風景」と話すストーリーが広がっていく©TRIGRAM FILMS,All rights reserved.
 最近、新宿の映画館で上映された映画『HHH:侯孝賢』は、1980年代に登場した台湾人監督・侯孝賢の真髄を照らし出した秀作だ。台湾ニューシネマの旗手が、フランス人監督オリヴィエ・アサイアスに赤裸々に自己を語っている。
侯孝賢の映画は、苦難の近現代史を生き抜いた台湾の民族誌(エスノグラフィー)である。その映画で最も重要なのは、自伝的作品『童年往時 時の流れ』(85年)だ。彼の少年時代の「生」の記憶であり、父(孝順)と母、祖母の「死」を描いた別離の映画である。英語題の『The Time to Live and the Time to Die』が秀逸だ。
『HHH』の冒頭シーンが『童年往時』の映像である。侯孝賢の祖母は孫を客家語の愛称「阿孝」で呼び、とても可愛がった。だが祖母が死んだ時、遺体には床ずれによるただれ(褥瘡)があった。葬儀屋が「不孝者め」と言うように、孫たちを一瞥する場面が印象的だ。『童年往時』は「阿孝による不孝」の映画なのである。
東洋的美風を重んずる侯孝賢は、自らの「不孝」を懺悔し、戦後の大陸から台湾に来た外省人家族の生と死を映画化したことで、台湾近現代史の断面を永遠に記録したのだ。
侯孝賢の映画には、父母や祖父母の世代がよく登場する。澎湖島を舞台にした『風櫃の少年』(83)、幼馴染との悲恋物語『恋恋風塵』(86)、台湾人が虐殺された2・28事件の裏面史を描いた『悲情城市』(89)など、彼の多くの作品は「近現代史の穴」に埋没された人物たちを描いた家族史の映画でもある。
『HHH』の中で特に興趣をそそられたのは、エンディングのカラオケ場面だ。侯孝賢は台湾語版の「霧子のタンゴ」(フランク永井)と「乾杯」(長渕剛)という日本生まれの男っぽい歌を歌う。そして「台湾の原始性とオスとしての生き方に憧れる」と極め付きのセリフを吐くのだ。そこには今年74歳になった「侯孝賢という元悪ガキ」の決意があると、同年代のアジア人である私には思われる。
今月、翻訳出版された『侯孝賢の映画談義』(秋山珠子訳)は、彼の映画の全貌を語った必読書である。『HHH』で得られた感想を十分に補完してくれた。
私は韓国映画も80年代から見てきた。鑑賞歴は韓国映画のほうが長い。しかし韓国人監督は現役としての寿命が短い。あっという間に「過去の映画人」になる現状が惜しまれる。『パラサイト 半地下の家族』で映画賞を席巻したポン・ジュノは、30年代のモダニズム作家・朴泰遠の外孫であり、南北離散家族の一員である。しかし、彼は今もってそんな朝鮮近現代史を描いていない。その不満は拙著『ポン・ジュノ~韓国映画の怪物』で表明した通りだ。
映画は1885年「シネマトグラフ」としてパリで生まれた。台湾や朝鮮でも「近代の産物」として、それぞれの歴史の中で生きてきた人間像や風物を記録し回想してきた。我々の子孫は何百年経っても、その映像を通じて時代を直感し、民族の興亡を体感するのだ。侯孝賢の映画を貫く特徴の一つは、祖父母や父母世代への敬意である。その評価は今後、ますます高まるに違いない。

公開=12月4日(土)から横浜シネマリンで。
公式HP=https://hhh-movie.com/

2021-11-25 6面
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