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最終更新日: 2021-11-25 00:00:00
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2021年11月10日 00:00
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相次ぐ「再審無罪」の目的は何か
死刑判決を受けた在日韓国人が無罪に

国家保安法違反などで死刑が確定して17年服役し、金大中時代の特赦によって仮釈放された在日韓国人の故・孫裕炯(2014年死去)に対し10月19日、ソウル高裁は再審の結果、無罪判決を下した。従北工作員として今も活動する康宗憲などを見れば、その理由が見えてくる。

国家保安法撤廃への布石

 韓国・ソウル高裁は10月19日、1981年に国家安全企画部(現・国家情報院)が北韓のスパイとして摘発した、大阪・生野の在日韓国人である故・孫裕炯(2014年に84歳で死去)について、無罪判決を言い渡した。
済州生まれで第二次世界大戦中に来日した孫裕炯は1948年当時、日本共産党に加入し、工場などを経営しながら68年に偽装転向した後、韓国に25回にわたって出入りし、軍部・学園・政界・労働界などの情報を収集、平壌に報告してきた容疑で逮捕された(中央日報1981年11月17日付より)。
孫裕炯はその後、国家保安法違反で死刑判決が確定し、金大中政権の特赦による98年の仮釈放まで、17年にわたって服役した。
ソウル高裁は今年1月、孫裕炯とその親戚3人が、令状なく不法に逮捕・監禁する違法捜査を行ったと認め、この間に作成された調書には証拠能力がないと判断。再審で「法執行の手続きの瑕疵」で無罪となった。
日本では共同通信(10月19日)を始め、各地方紙などがこの件を報じた。
北韓スパイとされた者が一転、無罪となるケースは、韓国では少なくない。
1975年の「在日留学生スパイ」事件で死刑宣告を受けた康宗憲は2015年、韓国最高裁で無罪を言い渡された。
康宗憲はソウル大学に留学中、北韓工作指導員の指令を遂行したとされている。1977年に国家保安法違反などの疑いで死刑判決を受けたが減刑され、88年末に仮釈放された。
盧武鉉政権時にできた過去史整理委員会(2010年)などは、「拷問などによって得られた証言には証拠能力がない」ことなどを理由に、過去の事件の再審を行う。韓国の法体系を否定した者らが、皮肉にもその保護を求める再審だ。
孫裕炯と同じく特赦で釈放された康宗憲は、金大中政権当時、韓統連の祖国統一委員長を務めていた。2012年には、韓国国会議員選挙に当時の統合進歩党(違憲政党とされたため現在は解散)の比例区候補として出馬している。
康宗憲は、10月14日に民団大阪本部で開催された、第20期民主平和統一諮問会の「日本近畿協議会発足会議」では、「朝鮮半島平和統一の展望と課題」というテーマで康宗憲が講演を行った。康宗憲の場合は、仮釈放された後の犯罪が悪質ではるかに重い。
70~80年代にスパイとして服役した事件の「見直し」が進んでいる韓国では今、南侵戦犯である金日成の回顧録販売が合法となった。
これらの再審でしばしば共通するのは、「国家保安法を根拠とした強硬な取り調べ」という点だ。
国家保安法の撤廃闘争は、平壌の指示によって長きにわたって内外で行われてきた。6・15共同宣言実践南側委員会や韓統連がその主力だ。
統一日報は以前にも、康宗憲はこの両方に深くかかわっている人物であることを報じた(9月29日付)。こうした事実を整理すると、韓国での「再審無罪」が、国家保安法撤廃工作であることが見えてくる。

2021-11-10 4面
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