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最終更新日: 2021-10-13 00:00:00
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2021年09月29日 00:00
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朝総連と韓統連 利敵団体を共同運営
韓統連に韓国旅券を発給しない背景

韓統連は15日、韓国政府の旅券発給不許可に対して抗議声明を出した。韓国当局が、韓統連議長の孫亨根らの旅券発給を制限するのは、韓統連がやはり反国家団体の労働党日本支部と、利敵団体の「汎民連」とその後身の「6・15海外側委員会」で一体となって活動するからだ。韓統連と朝総連が公に一つに合体する過程を見せてくれる人物がまさに康宗憲であり、孫亨根だ。

朝鮮労働党と一体化する韓統連

前々号で紹介した月刊朝鮮の記事は、康宗憲の自伝『死刑台から教壇へ』が隠している部分を解説したものだ。康の行跡の中で特に問題になるのは、韓国へ潜入した彼が学園スパイ団事件で逮捕され、死刑を宣告されてから減刑、特赦で釈放されて帰日した後、平壌の指令に従って本格的に活動したということだ。
康宗憲の自伝は、対南工作員「首領の戦士」の生涯を教科書のように教えてくれる。彼は1989年4月、帰日し、朝総連の支援を得て活動を始める。康は90年8月、平壌で開催された汎民族大会に参加、翌年から大韓民国の法廷で「利敵団体」と判示された「汎民連海外本部」の共同事務局事務次長として9年間活動した。平壌の指令を遂行する最も核心的なポストであり、朝鮮大学を卒業した対南工作のベテラン、朝総連本部政治局の朴勇(朴ジョンシク)のパートナーだった。

■統進党工作に注力した康宗憲


康宗憲氏が表面上、利敵団体の「汎民連」活動を離れてまた韓国を訪問するのは、金大中政権の2003年9月だ。当時、彼は韓統連の祖国統一委員長だった。以降、康は統進党工作に力を入れたと思われる。内乱扇動で服役中の李石基などが作った「民衆の声」が康宗憲を詳細に紹介(報道)したからだ。仮に憲法裁判所が統進党を違憲政党として解散しなければ、康宗憲は大韓民国の国会議員になるところだった。ちなみに、康宗憲の「汎民連海外本部」共同事務局次長の職を引き継いだのは「韓統連国際局次長」だった。
韓統連は72年、韓民統として発足する時から機関紙「民族時報」を発行した。民族時報という題号は、金大中が金日成と共有していた「連邦制」と関連があったと見られる。

■消滅する韓統連

韓統連は、機関紙「民族時報」(4面)を月に1回発行する。韓統連HPは、3年半前の18年6月以降は更新されていない。
機関紙「民族時報」やHPが停止することは、韓統連が独自の活動を止め、事実上消滅することを意味する。もっとも、彼らが望んだ通り韓国で従北左翼が政権を取ったため、韓統連に存続する理由はない。韓統連はただ、平壌の方針で「6・15」(汎民連)統一戦線工作に必要な存在なので名称を残している。
現在、「6・15民族共同委員会」海外側委員会の委員長(日本地域委員会議長)は、韓統連議長の孫亨根だ。だが、実際に海外側委員会を動かす人物は、康宗憲のパートナーだった朝総連の大物工作員・朴勇だ。
いずれにせよ、韓統連名義で発信中の下部組織は大阪だけだ。一時、六つもあった傘下団体も、今は事実上「韓青」だけだ。韓統連大阪本部は、中央本部に代わって機関紙を出している。機関紙の題号は「自主」。「自主」の今月1日付に、「日朝国交正常化の早期実現を求める大阪集会」(17日開催)の案内があった。「日朝関係の展望について」という講演で、講師は崔権一(朝総連大阪本部宣伝文化部長)だ。
(つづく)

2021-09-29 4面
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