ログイン 新規登録
最終更新日: 2021-01-14 00:00:00
Untitled Document
ホーム > ニュース > 文化
2020年12月02日 00:00
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
朝鮮女優史探 第6回

 1937年、日中戦争の勃発によって日本(内地)は戦時体制に入り、植民地朝鮮(外地)でも皇国臣民化政策が推し進められた。天皇制イデオロギーを朝鮮に注入するための宣伝活動が展開する中、映画は最も注目される媒体となった。朝鮮映画界では、40年「映画令」実施の前後から42年「朝鮮映画製作株式会社」の設立、さらにその後45年まで、映画製作の一元化を徹底した。その結果、それまでの朝鮮語中心の映画からすべて日本語になり、大東亜共栄圏の戦争動員と、内鮮一体の皇国臣民化を直接主張する映画だけが製作されるようになった。
李香蘭の朝鮮訪問時(左から)文藝峰、李香蘭、金信哉(出典=山口淑子、藤原作弥『李香蘭 私の半生』、新潮社、1987)
 38年、朝鮮人が自発的に製作した宣伝映画『軍用列車』に出演した文藝峰は、『志願兵』(41)、『朝鮮海峡』(43)、『太陽の子供たち』(44)など多数の戦争イデオロギーの宣伝映画に出演した。特に志願兵を宣伝する映画が多かった朝鮮映画界で文藝峰が務めた役柄は、恋人や夫、子供を戦場に送り、後方で家族を守る女性であった。戦時体制が要求した「銃後婦人」という女性像は、文藝峰の実生活面における良妻賢母のイメージに投影され、スクリーン上で積極的に活用された。当時、文藝峰と共に活躍した女優は天真爛漫な少女のイメージを持った金信哉と、妖婦が適役だった金素英がいたが、貞淑な女性像を持つ文藝峰は戦時下の映画に適任であった。また、日朝の合作映画や日本の雑誌、新聞などに頻繁に登場し、彼女の名声は朝鮮を超え、日ごとに高まっていった。文藝峰は、朝鮮女優として初めて日本の映画統制雑誌『映画旬報』にハンボクの姿で表紙を飾るまでになる。しかし、近代教育を受けられず、貧しい環境で育った文藝峰は、日本語が不得手であり、それがこの時期の活動を大きく左右した。朝鮮映画がすべて日本語発声になると、劇の中で文藝峰の役柄も限定され、少し姿を現す程度であった。文藝峰が日本語で主役を務めたのは『朝鮮海峡』(43)1本のみである。日本語は演じるために必須の条件であり、話さなければいけないものであった。文藝峰の下手な日本語は、朝鮮社会でも有名であり、メディアは来朝した李香蘭の歓迎会で流暢な日本語で会場を盛り上げた金信哉を文藝峰と対比し、大きく報道した。また、日朝合作映画『君と僕』で主役を演じた金素英に対し、文藝峰には朝鮮語を話す比重の少ない役柄が与えられた。大東亜共栄圏が喧伝される中、金素英と金信哉が朝鮮を代表する女優として、親交、紐帯の文化交流の象徴になり、実際に日本と満州の女優たちと親密になったが、文藝峰だけはそれが叶わなかった。帝国支配という状況下で、文藝峰は内地女優にも外地女優にもなれない曖昧な位置に甘んじていたのである。文藝峰の業績において宣伝映画出演は欠かせない部分であるが、朝鮮映画界で数多い作品に主演し、旺盛な活動をしていた文藝峰からみると、映画で中心的な役割を演じる場を奪われていた苦難な時期であったと考えられる。

李瑛恩(芸名イ・アイ) 韓国の女優。日本大学芸術学部で、学士、修士、博士の学位を取得。主演作として『大韓民国1%』『ダイナマイト・ファミリー』などがある。

2020-12-02 6面
뉴스스크랩하기
文化セクション一覧へ
韓日をつなぐクリエイター それぞれの...
大阪でも「トランプ再選支持」
【人と今】飯本 和美さん(硝子工芸家)
本国の慰安婦問題判決に「異議」
米中戦争は価値と体制選択の文明戦争ー2
ブログ記事
ひみつきち
「トロッコ問題」問題
道徳と相対主義(哲学の現在6)
4.15総選挙の不正疑惑を徹底調査せよ!
中国の脅威
自由統一
「非核化」の仮面を脱いだ金正恩
著作権料の名目で北に送金
平壌を動かしているのは誰か
平壌の異変、権力構造に重大な変化
対北ビラ弾圧は利敵行為


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません