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最終更新日: 2020-07-01 00:00:00
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2020年07月01日 00:00
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東欧に送られた北の戦争孤児たち
“金日成独裁の蛮行を描いた”実録映画

 北韓は6・25動乱(韓国戦争)当時、孤児たちを東欧諸国へ送り出した。「委託教育」という名分の下、動乱期に東ヨーロッパへと送られた戦争孤児たちは5000人から1万人に達する。しかし、欧州で教育を受けた子どもたちは1956年、金日成の「戦争孤児送還命令」によって再び北韓に戻ることになる。
6・25動乱当時、1万の北韓戦争孤児が東欧に送られた(映画「金日成の子どもたち」)
 6月25日、彼らの悲劇的な運命をたどったドキュメンタリー映画が韓国で公開された。タイトルは「金日成の子どもたち」。ドキュメンタリーを演出した金德榮監督(55)は、その根拠となる素材を収集すべくポーランド・ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・チェコなど東欧5カ国の文書保管所と、北韓戦争孤児たちが滞在していた学校を訪れた。更に当時、北韓孤児たちと共に過ごした欧州現地の同窓生たちを訪ね、インタビューを映像に収めた。
映画は、50年代の金日成が独裁権力を堅固にするために、戦争孤児たちをいかに犠牲にしたか、という部分に焦点を当てている。ドキュメンタリーの製作について金監督は、五つの疑問を解くための旅だったと振り返る。
「子どもたちはなぜ来たのか?」「彼らは誰だったのか?」「彼らは欧州という不慣れな地でどのように暮らしていたか」「彼らはなぜ北韓に送還されたのか」「現在、彼らはどこでどのように暮らしているのか」
戦争孤児たちが、6・25直後に北韓で起きた反金日成主義者らによる派閥闘争、北韓内部の権力闘争の犠牲者だったことを鮮明に示している。金日成は当時、親ソ派と延安派らを大々的に粛清し、権力を掌握した。
しかしその頃、東ヨーロッパに送られた一部の北韓の孤児たちと留学生らが、西欧への脱出や反共闘争への参加を試みるという事態が発生した。実際、56年10月にハンガリー・ブタペストで起きた「自由化革命」に加わった者の中には、北韓から来た孤児たちの存在があった。金日成が独裁権力の基盤固めに勤しんでいた当時、北韓は「欧州の孤児たちを放置すると障害になり得る」との認識の下、戦争孤児たちを北韓へと再び連れ戻す決定を下した。
金日成政権は、帰還した戦争孤児たちを物理的に遠ざけ、炭鉱や工場に配置した。集団で政治的な声を発することのないよう取り計った形だ。数名の戦争孤児はそれでもなお、脱北を試みては中国で死体として発見される、という悲劇もあった。映画では、それを証言した手紙を紹介している。
東欧の北韓戦争孤児。写真は1956年、金日成がハンガリー・ブタペストの戦争孤児学校を訪問した様子
 今回発掘した東ヨーロッパの映像資料は、北韓が否定も肯定もしない北韓の戦争孤児たちのリアルな姿を描いている。特に当時、ルーマニアで団体生活をしていた北韓の子どもたちの様子は衝撃的だ。朝6時半に起床した子どもたちが「金日成の顔が描かれた人共旗(=北韓の国旗)」に向かって敬礼しながら「金日成讃歌」を歌うシーンだ。監督は2004年、4分30秒の本映像を入手した。入手当時は特別な感慨こそなかったものの、北韓の戦争孤児たちと共に学んだ東ヨーロッパの旧友らに会ったことで大きな衝撃を受けた。画面に登場する「金日成讃歌(金日成将軍の歌、1947年製作)」を、70代後半の欧州人同窓生たちが韓国語で見事に歌いこなしていたのだ。全く韓国語を知らない彼らだが、子どもの頃にあまりにも繰り返し耳にしたことで60年もの間、頭に残っていたのだ。金監督は「自分の顔を国旗に描くというのは、アフリカの独裁者たちですら見聞きしたことがない。金日成の顔が描かれた人共旗は、東ヨーロッパでも50年代には金日成の偶像化を進めていたという証拠」と語った。
「人共旗への敬礼と金日成讃歌の朗唱は、朝礼時間のルーティーンとなっていた」(スワニスワフ・バハル、ポーランドの北韓委託学校教師)。
この行為は、東ヨーロッパ5カ国に送られた子どもたちが必ず行わなければならない儀礼だった。 
金監督は「戦争孤児たちの取材を通して、北韓の主体思想独裁体制というものがどれほど根深く、どれほど多くの人々を犠牲にしたかを確認することができる。10代前半の子どもたちが、欧州の地で金日成の顔が描かれた人共旗を見上げ、金日成讃歌を歌う姿は、北韓政権というものが当初から金日成主義をベースに作られたのではないかと考えさせられる」と語った。(ソウル=李民晧)

*北韓の戦争孤児とは
6・25動乱当時、北韓が東欧5カ国に送った北韓の戦争孤児は、公的には5000人と発表されているが、実際は約1万人に達するとされる。戦争孤児たちが滞在していた学校は「朝鮮人民学校」「金日成学院」と呼ばれていた。

2020-07-01 3面
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