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最終更新日: 2020-02-19 00:00:00
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2020年01月22日 00:00
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ロッテ創業者・在日1世の辛格浩氏死去

 在日同胞1世の企業経営者でロッテグループ創業者の辛格浩氏=写真=が19日、ソウルの病院で老衰のため死去した。

韓国と日本を行き来しながら、両国の懸け橋として貢献してきた在日同胞1世の時代が事実上、幕を下ろすことになり、母国の経済近代化をけん引してきた大企業の創業者の時代が終わりを告げた。

故人は1921年(住民登録上は22年生まれ)、慶尚南道蔚州郡三同面屯基里で5男5女の長男として生まれ、日帝統治時代の42年、玄海灘を渡り日本に移住した。解放直後の48年、東京で菓子事業を興し大きな成功を収めた。会社名をゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」のヒロインであるシャルロッテから、「ロッテ」と名付けた。

韓日国交正常化(65年)2年後の67年に韓国に進出。79年にはソウル乙支路にロッテホテルとロッテ百貨店を開業、菓子業だけではなく、韓国内に流通サービスの革命を起こし、パイオニアの役割を果たした。

辛格浩氏は、ロッテグループを資産100兆ウォン、関連会社90社以上を抱える韓国企業ランキング5位の大企業に成長させた牽引役であった。渡日したときにはポケットにわずか83円しか持っていなかったところから、世界的大企業を育て上げた立志伝中の人物である。

09年に日本のロッテホールディングス会長、11年ロッテグループ総括会長を務めた。17年、裁判所が限定後見人に指定したことから事実上、経営の一線から退くことになる。
辛氏はまた、ビジネスの現場で徹底して陣頭指揮を行った経営者だった。 現場で実務のヒアリングを行い、自身が直接チェックするなど現場を重視した。

単身渡った日本の地で新聞や牛乳配達をし、コツコツと貯めた資金を元手に実業界に飛び込んだ。辛氏のマーケティング能力は一般人の常識を超えており、その才能は突出していた。ガムとチョコレートの中に抽選券を入れて販売し、当選者に現金をプレゼントするというアイデアは当時、同氏が行った空前絶後のマーケティング手法であった。自由な発想とブルドーザーのような事業推進力で、今日のロッテを世界屈指の大企業に育て上げた。

67年韓国市場に進出し、韓国の食品製造業、ホテル業、流通業の分野を開拓した。ロッテグループは、当該分野で他の追随を許さない堂々1位の企業に成長し、現在もリーディング・カンパニーであり続ける。

「外国人に、いつまで朝鮮時代の故宮だけを見せるのか」という問いかけで始まったチャレンジは、123階555メートルの韓国最大規模の「ロッテワールドタワー」を完成させた。ソウル中心部の南山よりも高いランドマークタワー、韓国版ディズニーワールドの誕生はそのようなチャレンジ精神の結実だった。

鄭周永氏(現代グループ)、李秉喆氏(サムスングループ)とともに韓国企業の歴史を作り上げた辛格浩氏。同氏は、韓国と日本の懸け橋として経済のみならず文化的なつながりを深め、数々の足跡を残した偉大な巨人として記憶されるだろう。(ソウル=李民晧)

2020-01-22 4面
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