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2019年07月10日 00:00
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元心昌義士の功績に正当な評価を
故郷・平澤で48周忌追悼式開催

 独立運動家かつ統一運動家として知られる元心昌義士(1906・12・1~1971・7・4)の第48周忌追悼式が4日、元義士の故郷である平澤市の清潭高校講堂で開かれた。社団法人元心昌義士記念事業会が主催した。(平澤=李民晧)

48周忌追悼式が4日、清潬高校講堂で開かれた

 元心昌は、在日同胞で初めて義士の称号を得た人物だ。世に忠義を尽くした志士を指す「義士」の称号は、元氏の死後、民団をはじめとする在日韓国人有志らが命名した。在日同胞社会で義士の称号を得たのは、後にも先にも元氏ただ一人だ。
それは、元氏には確かな功績があったからだ。国権を失った青年期には3・1万歳運動に参与し、日本国内初の韓国人労働者団体「東興労組」のリーダーとして活躍。日本統治下では韓国人による3大海外抗日義挙の一つに挙げられる1933年の3・17上海六三亭義挙の主役でもあった。
元心昌が一般的な独立運動家と最も異なる点は、解放以降の活動だ。日本に残り信託統治反対運動を共に展開した朴烈、李康勲らと協力し、46年10月、民団(当時は在日朝鮮人居留民団)創設の一人として加わった。6・25韓国戦争では、642人の学徒義勇軍参戦者募集で役割を担った。民団中央団長期(第11~12代)には、戦災援護事業委員会委員長として6・25被害者らを援助した。その後55年1月、民間による初の統一運動「南北統一促進協議会(統協)」活動をリードし、38度線で分かれた南北韓を統一させるべく運動を展開した。さらに、59年1月には統一日報(当時は朝鮮新聞社)創刊を主導し、在日同胞社会での統一運動拡大に貢献した。
しかし、彼の故郷・平澤における元心昌への評価は正当とはいえなかった。平澤市はもちろん、記念事業会や遺族らも元氏に対する積極的な宣揚活動を推進してこなかったからだ。この日の48周忌追悼式では、そうした点に対する反省の声が上がった。
「これまで宣揚活動が滞っていたが、元心昌義士の活動内容を正確に周知させるよう積極的に支援していきたい」(鄭長善・平澤市長)。
「義士が実践的に示してくれた決起の姿を通し、今後の韓国の発展に向けて最善を尽くす」(元裕哲・自由韓国党国会議員)。
「義士に対する功績が再び注目されるよう願う」(兪義東・正しい未来党国会議員)。
しかし、3人はそれぞれ別のイベントへの出席を理由に追悼式には参加せず、代理として副市長と補佐官を出席させた。記念事業会による元心昌功績発表では、事実と異なる表現もあった。
「(独立運動のため)中国に亡命した」「外軍(米軍)撤収運動を行った」といった発言だ。国をもたない人物にとっては「亡命」自体が成立しない。また、元心昌は民団と統一日報を立ち上げて反共的姿勢を見せ、韓国の立場から統一運動を展開したので、外軍(米軍)撤収発言などは全くもって話にならない。
たとえ無理解からくる間違いだとしても、元心昌に対する正当な評価が必要だということを思い知らされた出来事だ。
独立運動家の立場を超え、自身に対する称賛を望まず、黙々と統一運動を展開して一生を終えた故人の評価は切実なものだ。 
一方、この日の追悼式には演奏を担当する海軍2艦隊軍楽団と報勲団体関係者、地元有志、原州元氏宗親会ら約180人が出席した。

2019-07-10 3面
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