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最終更新日: 2020-02-19 00:00:00
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2019年06月12日 00:00
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1800年にわたる韓日交流史をたどる<第10回>
善光寺の僧侶に新羅の末裔

仏教伝来に秘められた古代史の謎

日本の古代史において、仏教伝来を取り巻く蘇我氏と物部氏の対立と権力争いは有名な話だ。聖徳太子と蘇我氏に代表される百済系は、新興宗教だった仏教の隆盛を試みた。半面、物部氏に代表される新羅系は神道固守の立場から仏教に断固反対した。長野県善光寺は、百済と深い縁のある仏教の寺だ。しかし、この寺に暮らす僧侶らの中には新羅の渡来人の末裔が少なくない。一体なぜだろうか。
(ソウル=李民晧)

 「牛にひかれて善光寺参り」

近代の日本では、仏教伝来が百済や韓半島に由来するとの説が聞かれることはほぼない。日本全体が、文物の「大陸」伝来は認めるものの、韓半島から伝わったことに対しては表現を避ける雰囲気がある。
韓国式チマチョゴリの座法をする善光寺創建者の夫人像(右、長野県善光寺)
 しかし、長野県善光寺だけは唯一の例外だ。寺の本堂内にある「御三卿間」に置かれた3体の像についても興味深いエピソードがある。中心に置かれた人物は寺を建てた本田善光で、右側は本田善光夫人の彌生御前、左側は善佐だ。善光寺が2008年に刊行した『よくわかる善光寺参り』では、夫人の座法について次のように説明している。
「彌生御前様が右の膝を立てて座っておられるところが注目されます。これは、朝鮮半島ではチマチョゴリを着た貴婦人の正式な座法です」
善光寺は、あえて夫人が渡来人だという事実をアピールしたのではないかと思った。韓国文化の伝来について曖昧な態度を貫く日本の風潮を鑑みれば特異な現象だといえる。
日本には「牛にひかれて善光寺参り」ということわざがある。これは「《信心のない老婆が、さらしていた布を角にかけて走っていく牛を追いかけ、ついに善光寺に至り、のち厚く信仰したという話から》思ってもいなかったことや他人の誘いによって、良いほうに導かれることのたとえ。出典=小学館デジタル大辞泉」という意味だ。日本人にとって善光寺は人生で一度は行くべき寺と認識されている。

「私は慶尚道出身」と語る僧侶たち

そろそろ善光寺の現場での取材話に移りたい。僧侶たちに関する事前調査は行ったものの、実際には善光寺で新羅の渡来人の末裔を自認する僧侶に会うことはできなかった。記者は、情報提供者から渡された僧侶の名刺を持ち、その僧侶が暮らす善光寺内の住居を訪ねた。ブザーを数回鳴らしたが、いずれも不在だった。数時間後に再び訪ねたが、やはり不在のままだった。とうとう会うことができないまま帰ることになった。
忠南・扶余の扶蘇山から出土された金銅三尊仏像(製作年代6世紀)
 しかし、全く収穫がなかったわけではない。善光寺で得た資料で、寺の僧侶全38人のうち10数人が、当該僧侶と姓が同じであるという事実を確認した。直接インタビューしたわけではないが、本編では知人から聞いたその僧侶に関する話を伝えたい。
「僧侶自身が、新羅から渡ってきた渡来人の末裔だと語りました。新羅系84代目の子孫であり、日本で暮らして約1600年が過ぎ、一家に代々伝わっている家系図もあるそうです。僧侶が冗談のように『私は慶尚道の大邱人です』などと語るほど、韓国に対して親近感を持っています」 
ここで疑問が生じる。善光寺は百済と深い関わりのある寺だ。文献に倣うならば、蘇我氏ら百済の渡来人たちは当時、新興宗教だった仏教を日本に持ち込んだ。物部氏ら新羅系渡来人はこれを阻止しようとした廃仏派であり、百済系の政敵だった。仏教伝来を取り巻く蘇我―物部氏の対立は日本史上でも有名だ。それにも拘わらず、布教に反対した新羅系の痕跡がなぜか善光寺に残り、さらには善光寺の僧侶の中にも新羅系渡来人の末裔がいるのだろうか。
これに関する謎が善光寺に残されている。本堂内陣に高くそびえ立つ「守屋柱」という柱だ。「守屋」とは、587年に蘇我氏との仏教戦争で敗北した物部家の人物だ。もしかしたら、この柱が物部家の存命を物語っているのではないだろうか。「私は慶尚道出身」と語る僧侶と関係があるのではないだろうか。そんな想像に至らせる柱だ。
善光寺の謎はこれだけではない。この寺の誕生起源である「阿弥陀如来像」だ。まさに、百済の聖王(日本では聖明王)が日本の皇室に授けたという日本国民の守護仏だ。しかし、この寺にある仏像はこの寺の僧侶ですら一度も見たことがないという”秘仏”だ。ただ、それを模倣して造ったとされる鎌倉時代(1192~1333)の青銅仏像「前立本尊」だけは7年に1度、一般公開されている。公開イベントでは、この写しを一目見ようとする人々でごった返し、善光寺の境内は足の踏み場もないほどだという。
日本語の「くだらない」は、言葉そのまま「百済はない」という意味だ。「百済」は本来「大いなる国(韓国語でクンナラ)」を意味するという。日本人にとって大いなる国だった韓半島の百済、百済系渡来人のリーダーだった「善光」、長野に善光寺が建てられた真の歴史、善光寺にいる新羅の渡来人の末裔である僧侶たち…善光寺に秘められた大いなる秘密の箱が開けられる日はいつだろうか。

2019-06-12 3面
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