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最終更新日: 2019-11-13 00:00:00
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2019年06月05日 00:00
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朝鮮通信使が見た節句の殺し合い

 呂祐吉を正使とする第1回朝鮮通信使(回答兼刷還使)は1607年4月24日に江戸入りした。逗留中の5月5日は端午の節句で、男の子の健やかな成長を願う日だが、朝鮮通信使が目撃したその行事は、すさまじい殺し合いだった。副使慶七松(慶暹)は紀行紀『海槎録』(若松實訳)を著し、その驚くべき殺し合いを次のように記述している。
<1日から男子のいる家では、それぞれ紙旗を立てて戦いを知らせる道具として、あらかじめ勇猛を養う。この日になるとまず児童を集めて、ところどころにたむろして、彼我に分かれて対峙し、石を投げ乱撃することは、あたかも我が国の相撲のごとくである。(中略)互いに争って打ち殺し、死を見ても強く進み、日が暮れるのを時限とした。死者が40余名にもなり、そのほか腕を断ち、足が切られて傷を受け、帰って来た者は、ことごとく記録することができないくらいであった。そして殺人の多い少ないで勝負を決めた。刀で切られて死んだ者が、その身体が地に落ちてないと、多くの刀が交替して切って、百切れにも切り刻み、これを試剣(試し切り)と言った。ある人が、その息子が死んだことを聞き、すぐに飛び出していって奮戦し、数名を殺して復讐した。この日は人を殺しても無罪なので、少しでも怨恨があれば、必ずこの日に報復した。(中略)たまたま館所から眺められる所で、この角逐が展開されていたので、その刀を振り回し、血が流れて野原を染めた状況を目撃したが、まことに驚くべきものであった。ご機嫌伺いの日本国の役人が来て言うには、「わが国ではこの日、いつもこの遊びをいたしますが、使臣が泊まっておられる館から近いので、もし騒がしいようなことであれば禁止いたします」とのことなので、国の風習を取りやめにすることはない、との意を伝えた。おおよそ日本の国の風習は、人をよく殺すことを胆勇としている。それゆえ殺人を多くした者は、たとえ、市井の卑しい者でも、声価がすぐに倍になり、恐れて回避する者はたとえ権力があり、身分が高い子弟でも国中がこれを捨てて、人々に容れられなくなる。その生を軽んじ死を楽しむ風習は、このようであった>
以上だが、慶七松の驚きが目に見えるようだ。
徳川家康は、このような風習に心を痛め、そのような戦国の遺風を一蹴して、穏やかな国にするため、朝鮮国から儒教の教えを取り入れることを決めたのかもしれない。(韓登)

2019-06-05 4面
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