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最終更新日: 2019-07-10 00:00:00
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2019年03月20日 00:00
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新生 韓国と日本 3
日本を見直し、韓国を再考する

崔在明

日本研究のきっかけ(3)

李久殿下は14歳まで日本の皇族として育てられましたが、終戦と当時に一般市民になった上に「お前は韓国人だ」と、生活が一変してしまったのです。
李久殿下は「果たして何処が祖国か」と悩みあぐねた末に、日本も韓国も捨てて米国へ渡りました。米国の大学を出て、米国の女性と結婚して、米国人になってしまったのです。
朴正煕大統領の時代になり、李王家の人々に国籍が与えられました。韓国の皇族だから韓国へ帰らなければいけないということで、帰ってはきたものの、待っていたものは国からわずかな生活費が払われるだけの退屈な暮らしでした。韓国語が話せないので、仕事ができなかったのです。
それでも、国民から尊敬されるなら生き甲斐もあったでしょうが、「韓国の皇族でありながら米国の女と暮らすなどもってのほかだ。離婚せよ」などの声まで出て、神経を逆なでする状況でした。
李久殿下とわたしは同年代であり言葉も通じましたから、後にありのままを語り合う仲になりましたが、植民地政策が引き起こす悲劇には、このような面もあるのだと胸が痛みました。わたしの苦い経験より、もっとつらいことです。
さて、この悲劇の皇家には秘書の採用が難しいという事情がありました。年配の人では英語が出来ないからジュリア妃のお世話には向かず、若い人は日本語を話せないため方子妃殿下のお世話ができなかったからです。当時の韓国には日本語を教える学校がなく、英語も日常会話とは程遠い教育内容でした。
結局、当時ソウル市庁の上役だった叔父に相談があり、日本語と英語の両方が使えるわたしが秘書として呼ばれました。英語は、韓国戦争の時に米軍キャンプで働きながら身に付けました。
日本の研究を必ずやらなければ、と決心したのは方子妃殿下の秘書時代でした。韓日国交が再開された1965年、日本の言論出版界の編集部長以上の上役ら80人が来韓し、その中の4人が方子妃殿下を表敬訪問しました。妃殿下がお見えになるまでの間、わたしが相手をしていましたが、そのとき訪問者の一人がこう尋ねました。
「この頃の韓国人の対日感情はどうですか」
「まあ、あまり好いとはいえないでしょう」と、わたしは答えました。すると、その方が説教をするように言いました。
「そこがいけない。あの頃の韓国は、いずれどこかの国の植民地にならざるを得なかった。乱暴な西洋人よりかは、大人しい日本人の世話になってよかったでしょう。それに、色々と教えてやったでしょう。鉄道も敷いてあげたし、有難く思って然るべきなのに…」
この言葉に、わたしはとても驚きました。韓国が植民地にならざるを得なかったのは史実であり、日本にお世話になったのも事実です。韓国人の中にもそのように考える人は多くいます。しかし、侵略した側から言われるのは不愉快でした。

2019-03-20 6面
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