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最終更新日: 2019-06-26 00:00:00
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2018年12月12日 00:00
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晩聲社の故・尹隆道社長を偲ぶ

韓峯姫さん(右)と成永順さん
 先週7日の夕方、東京・白山通りにあるイタリアンレストランで夕食会があった。一見、忘年会のような夕食会は、8日から始まった北韓人権侵害啓発週間のイベントを開催する「北朝鮮難民救援基金」(加藤博代表)が設けた席だった。
脱北者として経験した北韓人権問題を話すため来日した韓峯姫氏の歓迎会だった。韓さんは、1998年に脱北して3年間、中国と東南アジアを経て2001年8月、韓国に入国し、韓医大を卒業した韓方医だ。
夕食会には韓峯姫氏の家族を救出するため当時、尽力した韓日両国の有志たちが17年ぶりに集まった。話題は自然に韓さんの父親が残した脱北記から始まった。韓さんの家族の脱北記は02年6月、日本で出版された。『脱北者北朝鮮から逃げられなかった男』(晩聲社)だ。
加藤博代表は当時、韓さんの父親が書いた原稿を、日本に安全に持ち込むため苦心したことを回顧した。その本を翻訳した李洋秀氏は、当時は本名で翻訳するのが危ない環境だったため、ペンネームを使ったという。この脱北記を出版したのが晩聲社だった。
実は、韓さんの両親は、中国公安に逮捕されて韓国に来ることができなかった。脱北には多くの資金が必要だった。そのとき、晩聲社の尹隆道社長が原稿の中身も見ないで5000ドルを提供し、この資金で韓峯姫さんの兄弟は韓国に来ることができたという。
この席には昨年、亡くなった尹隆道社長の夫人である成永順氏が同席していた。成さんは17年前に出版のためコピーして保管していた韓さんの家族の写真や手紙などを、アルバムにして持ってきた。韓さんは、自分の兄弟が脱北過程で失った写真などをもらって言葉を詰まらせた。
脱北の恩人である晩聲社の関係者に、今回の訪日で会うとは夢にも思っていなかったという。特に、北韓で医師だった母親の手紙を一つも持っておらず、母を思うたびにいつも寂しかったのに、貴重な宝をもらって思わず涙を流した。尹社長は他にも多くの脱北者たちを支援した。北韓同胞を助けてきた尹隆道社長を静かに偲ぶ夜だった。

2018-12-12 5面
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