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最終更新日: 2019-08-15 00:00:00
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2018年09月27日 00:00
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ソウル五輪から30年 在日同胞寄付者に「名誉のたすき」
寄付金100億円で建てられた数々のスポーツ施設

非情な現実、祖国で忘れられた在日同胞の貢献

 30年前に開催されたソウルオリンピックの、輝かしいメインメンバーたちが一堂に会した。東アジアの貧しい辺境国だった大韓民国を、「漢江の奇跡」で世界が注目する国へと変貌させた象徴的な出来事がオリンピックだった。当時100億円を寄付し、祖国の一大イベントに貢献した在日同胞たちが集う30周年記念式を取材した。(ソウル=李民晧)

「名誉のたすき」を授与された在日同胞寄付者5人とソウル五輪メダリスト

 国民体育振興公団の趙在基理事長は、88ソウルオリンピックの意義についてこう表現した。
「ソウルオリンピックは三国統一、ハングル創製と並び、韓民族における国運隆盛の決定的な転換点だった。韓国は、世界のどこにあるかも分からない国、そして日帝の束縛と南北分裂の困難に直面した国というイメージだった。米国(84年ロスオリンピック)、ソ連(80年モスクワオリンピック)でも叶うことのなかった東西和合と平和のメッセージを伝えた。我が国民が得た資産は、どんな困難でも成し遂げられる自信を持てたことだ」
1981年9月30日、西ドイツのバーデンバーデンで、オリンピック開催地にソウルが選ばれた瞬間、多くの国がその意外性に驚いた。ソウル(52票)が名古屋(27票)に圧勝するとは誰も予想だにしなかった。
この日の記念式に参加したシュミット・パール(前ハンガリー大統領)は「多くの人々が分断国家、そして米軍が駐屯している韓国でオリンピックを開催できるのかという疑問を抱いた。大会がボイコットされることも懸念された。
しかし、159カ国がソウルに選手団を派遣した。当時の決定は正しかったということを証明した」と回顧した。
ソウルオリンピックの主題歌「手に手をとって(Hand In Hand)」は、CD800万枚を売り上げ、世界的ヒット曲となった。ソウルオリンピックはまさに、人種や価値観、肌の色、国の体制など、人々の前に立ちはだかる無数の壁を超えた世界的イベントとなった。
在日同胞にとっても特別なイベントだった。戦争で荒廃し、孤児たちが道を彷徨い、救援物資で延命した貧しい祖国が、居住国の日本に続いてアジアで2番目にオリンピックというビッグイベントを開催することに誰もが沸いた。
在日同胞たちは、祖国が中国と日本の間に挟まれた取るに足りない国ではなく、世界に向けて躍進する国であるという事実に興奮した。そうした祖国愛の集大成が100億円という、大韓民国建国以来最大の寄付を集める原動力となった。
記念式には、民団中央本部の呂健二団長ら3機関長と、オリンピック当時に寄付金を手渡した1世の同胞たちが参加した。ソウルオリンピック時のメダリストたちが、同胞の寄付者5人に感謝の証として「名誉のたすき」を授与するイベントも行われた。
在日後援会副会長として、1億円の私財を寄付したマルハンの韓昌祐会長は、在日同胞代表として登壇した。
韓会長は「思い返せば、まだ会社の基盤も確固としていない成長段階だった。個人的にも経済的余裕がなかった。貧しい祖国や父母を思い出し、祖国を助けたいとの思いで動いたが、今振り返れば無謀とも思えるような行動だった」と述べた。
韓会長はさらに「我々も一流になれるという希望と、我が在日同胞が世界一の愛国者だという自負があった」と加えた。
第一スポーツセンターの金孝馹会長は「募金運動から開閉会式まで全て参加した。戦争で最貧国に転落した祖国が先進国へとのし上がったのは、まさに『奇跡』。オリンピックがその奇跡を見せてくれた」と語った。
呂健二・民団中央本部団長は「日本当局が募金の免税措置を施す際、想定していた金額は5~10億円だったと聞いた。それが100億円を超えた。どれほど在日同胞社会の祖国愛が強かったかが分かる」と述べた。
婦人会中央の朴善岳会長は「1日10円ずつのおつり募金運動で、なんと16億円を超える額が集まった。そのお金で全国14カ所の名勝地で、15カ所に最新式トイレを寄贈したのが昨日のことのようだが、いつの間にか30年も過ぎた」と回顧した。
一方、在日同胞の100億円募金は「黒字オリンピックの原資となった」(趙理事長)。韓国ウォンに換算すると約541億ウォンだ。日本を除いた米国や欧州など、他の地域で集めた募金は6億ウォン程度だった。在日同胞募金で造られたオリンピックスポーツ施設は、現在もソウル市内の至る所に残っている。
韓流スターのコンサート会場として愛用されている「オリンピック体操競技場」や「オリンピック水泳競技場」「オリンピックテニス競技場」、大韓体育会本部建物の「88オリンピック会館」、京畿道河南の「渼沙里ボート競技場」「奨忠体育館観覧席」「オリンピックパークテル」などだ。
当時、ソウル市内では20坪台の新築戸建て住宅1棟が2000万ウォンだったことを踏まえると、約2700棟以上の家を建てられるほどの莫大な金額だった。
88ソウルオリンピックで韓国人は一つになった。タクシー運転手は誰もが英語を習い、ボランティアは5万人を超えた。「ソウルは世界へ、世界はソウルへ」と書かれたプラカードが掲げられたソウルでは、人種や価値観、肌の色、国の体制など、あらゆる境界の壁が崩された。
在日同胞たちは、日本の地であらゆる屈辱を受けながらも祖国のために自分の貴重な財産を託した。彼らが寄託した募金で建てられた数々のオリンピック競技場は、ソウルの各所で今もなお利用されている。しかしながら、韓国ではこの事実を知る者はほとんどいない。

 

2018-09-27 3面
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