ログイン 新規登録
最終更新日: 2018-11-11 13:48:37
Untitled Document
ホーム > ニュース > 文化
2018年06月20日 00:00
文字サイズ 記事をメールする 印刷 ニューススクラップ
 
 
高麗青磁への情熱―142―

青磁の自営(一)

柳根瀅
高徹・訳/馬瑞枝・画

 日本から帰って二年が経った。
二年余りいろいろな方面からの噂を頼りにして、陶磁器工場を作ろうと探っているうち、汝矣島近くの永登浦で高麗青磁を作っていた工場があると聞いた。私はそこに出向いた。
工場をひと巡りしてみると、蹴轆轤が二台、手轆轤が二台、そして母板も八〇~九〇枚あった。また、登窯とその付属品のさや(器を入れて焼く器)もあった。工場の片隅には住居まであり、何とか稼働できると思い、持ち主を探した。
醤油会社を経営する大塚という人だった。
 「工場を作っておいて、どうして作業はしないのですか?」
「ある風来坊の話を真に受けて始めたんですが、二年間骨折り損のくたびれもうけで、結局やめてしまいました」
「そうですか。お宅でお使いにならないのなら、私に貸してくれませんか?」
彼は疑いの目で私の顔を見つめた。
「借りて何をしようというんで?」
「高麗青磁を作ってみようと思ってるんです」
「えっ、高麗青磁を?」
「どうしてそんなにびっくりなさるんですか?」
「私もやってみて駄目だったので、やめてしまったんですよ」
「お宅が出来なかったことを私がやってみますから、貸してください」
「そういうことなら喜んでお貸ししましょう」
「それでは、借り賃はいくらでしょうか?」
「ひと月二〇円でよろしい」
「二〇円ですか。それじゃあ一週間以内にまた来ます……」
この場所に高麗青磁の工場が建てられたのには、それなりの理由があった。当時、京城には李王職美術工場があった。李王職には長官がおり、李王家のすべての仕事を取り仕切っていた。当時の長官は李恒九だった。彼が何者かといえば、丁未年七条約時の内閣総理代理だった李完用の子で、父の死後、爵位を受け継いだ人物だった。
彼は李王職美術工場内の金銀の美術品はむろんのこと、高麗青磁を作らせるため、日本の有名な青磁技術者である井爪を招いた。当時、轆轤は川﨑という者が受け持っていた。そして彫刻は李禧萬と崔仁煥に任されていた。
ところが、轆轤と彫刻はそろったが、釉薬はいくらやっても作れなくて、すべてが無駄に終わった。一~二年試みたが、出来上がったのは青っぽい青磁もどきばかりだった。
結局、高麗青磁部門の人員解散となるや、井爪は日本に帰ってしまった。そうして、川﨑が道具を全て管理することになった。

2018-06-20 6面
뉴스스크랩하기
文化セクション一覧へ
特別裁判部設置にも国民的抵抗
国際的反米連帯の構築に躍起な文政権
太極旗集会に日本からも
韓国内戦、左・右の大激突
【BOOK】北朝鮮がつくった韓国大統...
ブログ記事
「国連軍司令部」強化動向
ソウルでの反文在寅・金正恩の太極旗集会に「日韓自由文化連合」が参加(11月3日、リバティ・コリア・ポスト)
米国の中間選挙後、韓半島に何が起きるか
文在寅主思派政権はなぜ「(2019年の)建国100周年」を主張するのか
北韓軍に中部戦線の南侵路を開放した文在寅主思派政権を最戦線で糾弾
自由統一
北、非核化どころか戦争準備
「板門店宣言」英文版を変更
北韓・平壌近郊で核施設稼働か
北韓の交渉のカードとなった「米軍兵士...
集団脱北した従業員の送還を示唆か


Copyright ⓒ OneKorea Daily News All rights reserved ONEKOREANEWS.net
会社概要 会社沿革 会員規約 お問合せ お知らせ

当社は特定宗教団体とは一切関係ありません