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2018年06月20日 00:00
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高麗青磁への情熱―142―

青磁の自営(一)

柳根瀅
高徹・訳/馬瑞枝・画

 日本から帰って二年が経った。
二年余りいろいろな方面からの噂を頼りにして、陶磁器工場を作ろうと探っているうち、汝矣島近くの永登浦で高麗青磁を作っていた工場があると聞いた。私はそこに出向いた。
工場をひと巡りしてみると、蹴轆轤が二台、手轆轤が二台、そして母板も八〇~九〇枚あった。また、登窯とその付属品のさや(器を入れて焼く器)もあった。工場の片隅には住居まであり、何とか稼働できると思い、持ち主を探した。
醤油会社を経営する大塚という人だった。
 「工場を作っておいて、どうして作業はしないのですか?」
「ある風来坊の話を真に受けて始めたんですが、二年間骨折り損のくたびれもうけで、結局やめてしまいました」
「そうですか。お宅でお使いにならないのなら、私に貸してくれませんか?」
彼は疑いの目で私の顔を見つめた。
「借りて何をしようというんで?」
「高麗青磁を作ってみようと思ってるんです」
「えっ、高麗青磁を?」
「どうしてそんなにびっくりなさるんですか?」
「私もやってみて駄目だったので、やめてしまったんですよ」
「お宅が出来なかったことを私がやってみますから、貸してください」
「そういうことなら喜んでお貸ししましょう」
「それでは、借り賃はいくらでしょうか?」
「ひと月二〇円でよろしい」
「二〇円ですか。それじゃあ一週間以内にまた来ます……」
この場所に高麗青磁の工場が建てられたのには、それなりの理由があった。当時、京城には李王職美術工場があった。李王職には長官がおり、李王家のすべての仕事を取り仕切っていた。当時の長官は李恒九だった。彼が何者かといえば、丁未年七条約時の内閣総理代理だった李完用の子で、父の死後、爵位を受け継いだ人物だった。
彼は李王職美術工場内の金銀の美術品はむろんのこと、高麗青磁を作らせるため、日本の有名な青磁技術者である井爪を招いた。当時、轆轤は川﨑という者が受け持っていた。そして彫刻は李禧萬と崔仁煥に任されていた。
ところが、轆轤と彫刻はそろったが、釉薬はいくらやっても作れなくて、すべてが無駄に終わった。一~二年試みたが、出来上がったのは青っぽい青磁もどきばかりだった。
結局、高麗青磁部門の人員解散となるや、井爪は日本に帰ってしまった。そうして、川﨑が道具を全て管理することになった。

2018-06-20 6面
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