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最終更新日: 2018-08-15 00:00:00
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2018年04月11日 00:20
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反米へと飛び火した済州4.3事件
導火線は建国に反抗した南労党の暴動

国家のアイデンティティを問う歴史論争

 4月に入り初めての週末を迎えた7日、ソウル・光化門広場の米国大使館前で集会が行われた。現場には、済州4・3事件で米国の責任を追及する声が響いていた。同時刻、真横の道路では、太極旗と星条旗を共に掲げ、文在寅政権を批判する太極旗集会の行列が通り過ぎていった。光化門の地で同時に繰り広げられた二つの集会は相反したものだった。今年で70年を迎えた4・3事件に対し、真実をめぐる歴史論争を象徴した格好となった。
(ソウル=李民晧)

 済州4・3犠牲者遺族会と関連団体の目的は明確だった。集会と記者会見を行った場所がそれを表していた。星条旗がはためく米国大使館の正面から、直線距離にして20~30メートルの場所がまさに現場だった。
デモ隊が手にしていたピケには、「歴史に正義を、4・3に正名を」と記されていた。彼らのいう正名とは、米国に責任を問うことを意味する。執権与党が推進する4・3追加真相調査の目的もまた「米国の責任を問うための歴史的正名」との意図が感じられる。
7日の午後、ソウルにある米国大使館の正門前に広がる「4.3遺族会」などの集会
 梁閏京4・3犠牲者遺族家族会長はこれに対し、「今年上半期中にも4・3特別法を制定し、米国の謝罪を要求する。4・3における責任の所在はどこか。答えは米国だ」と語気を強める。
朴ヨンヒョン4・3汎国民委員会常任代表は参加者らに対し「4・3と韓国戦争の共通点は何か」と問いかけた。朴代表は、米国の介入を示唆しながら「私の父は1950年7月、報道連盟事件で虐殺された」と述べ、当時の李承晩政府に批判の矢を向けた。
こうした各団体の連合体的な存在である「済州4・3 70周年汎国民委員会」は、4・3に対する米国とUN(国連)の責任を問うべく10万人規模の署名活動を繰り広げている。同委は、4・3の勃発と鎮圧の過程で米軍大佐が済州道司令官として派遣され、米国産のカールビン小銃が搬入されたことなどを根拠とし、米国の責任の重さを主張する。
4・3事件は本来、1948年4月3日、南朝鮮労働党(南労党)済州道委員会が5・10南韓単独選挙に反対し、警察署や西北青年会宿所などの右翼団体を襲撃したことに端を発する。
2003年10月に政府が採択した済州4・3事件真相調査報告書によると、4・3事件では推定350人ほどの武装隊が、済州道内24カ所の警察署のうち12カ所を攻撃したことが記されている。 
南労党は、朝鮮共産党の後継組織だ。南労党の綱領は、マルクス・レーニン主義に立脚した共産主義体制の国家樹立を目標としていた。武装隊の総責任者である金達三は1948年8月に済州道を脱出し、越北した。その際、地下選挙の投票用紙5万2350人分を持ち出した。金達三をはじめ、安世勳、姜圭贊、高眞姫、李貞淑ら4・3蜂起の主導者たちは、北韓の第1期最高人民会議の代議員として活動するなど、北韓政権樹立の立役者となった。金達三はまた、金日成から国家勲章2級を受章。現在は、韓国の国立墓地にあたる「平壌愛国烈士陵」に埋葬されている。
4・3事件は共産主義者らの暴動に端を発し、その主体が南労働党員だったというのは動かしがたい歴史的事実だ。
1948年8月25日に越北した金達三は、黄海道・海州で開かれた南朝鮮人民代表者会議の席上演説で「30万の済州道人民たちは、熱い祖国愛によって鋼のように団結した。米帝国主義とその追従売国奴・李承晩ほか徒輩らの南朝鮮分割植民地侵略政策に断固として反対し、祖国統一と独立を勝ち取るため死を恐れずに戦った」と報告した。
こうした史実を鑑みると、現在の4・3汎国民委員会が米軍と警察、西北青年会(北韓出身反共団体)の弾圧に対する「抗争」だったと主張するには無理が生じる。軍人と警察を無慈悲な虐殺者とし、共産暴徒たちを勇士のように脚色することは、歴史の歪曲に他ならない。
当時の済州道民は、一日たりとも心休まる日がなかった。昼は軍警と西青(西北青年会)に、夜は左翼の武装隊にそれぞれ弾圧された。夜ごとに家を抜け出し、洞窟や海岸の岩陰に身を潜めていた。夜が明けて自宅に帰ると、家畜の牛や馬、穀物などが盗まれていた。
4・3事件が、20世紀に発生した悲劇の歴史であることは間違いない。事件における人命被害は甚大だった。国務総理室傘下の済州4・3事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会によると、昨年7月末時点の4・3事件犠牲者は1万4232人に達する。死亡が1万245人、行方不明が3775人で、後遺症を負った人や受刑者もいる。遺族会や汎国民委は、犠牲者はさらに多い2万5000人~3万人だったと主張している。
4・3事件から70年が経過しても、歴史論争の攻防は激化するばかり。韓国は現在、分断体制下で先の見えない不透明な状況に置かれている。南北間における体制と理念の対立が未だ続いているのも現実だ。こうした中、米国への責任追及に留まらず、韓国の建国そのものが否定されれば、自由民主の韓国は発展が望めなくなる。

2018-04-11 3面
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