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最終更新日: 2018-05-16 07:23:53
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2018年02月07日 00:00
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韓国史を彩る王たちの物語69―新羅第5代 婆娑尼師今
善政を施し、民の人気が高い

 この項からストーリーは新羅王に戻る。新羅では王を尼師今(ニサコム)という尊称で呼び、第3代儒理尼師今から18代まで続く。第4代王脱解(タレ・トヘ)尼師今までは、このシリーズの初めに触れたので省く。
初めて読む方には分かりづらいかもしれないので、その経緯に簡単に触れておきたい。このシリーズは高句麗・百済・新羅のそれぞれ5世紀までの王を随意、選んで説き、次の編では5世紀から統一新羅時代に入る。
新羅は、始祖の朴赫居西の孫である3代から18代までそれぞれ王名を「〇〇尼師今(ニサクム)」と呼んでいる。ニサクムについて『三国遺事』には「尼叱今・尼斯今・歯叱今」などの字が当てられているが、後に王を意味するニムコム(Nimkum)やイムコム(Imkum)の新羅語で呼んでいた。尼師今の呼び名は18代まで続く。
第5代婆娑尼師今(バサニサコム)は倫理王の次男というが、一説では倫理王の弟の子だともされる。AD80年に即位、民からは「倹素で無駄を省き、民百姓を愛する政を行い、国庫を開いて民の餓えを救済し、重罪を犯していない囚人たちを放免するなど善政を施す王として人気が高かった。民を慈しむ王であったことが、国勢を拡大する力となった」(三国史記)。
王は国の南側の加耶(伽洛)と西側の百済からの攻めに対し、それを抑止するため、城塁を補修し敵の侵入を阻止しなければならないと臣下に命じた。その月に馬頭に城を築き、隣国の攻防に対応し民の信頼を高めていった。AD101年、月城に城を築いて月城と名付け、王はそこに移り住んだ。
月城は慶州より古い時代の都の名であるが、関連したことを一つ添えておきたい。AD98年、婆娑尼師今19年4月に「京都に日照りが続いた」という一文がある。
京都は月城の間の都であり、日本の京都という表現より遙かに古い。また、中国の東北にあった高句麗の遺民が主になって建てた渤海の古都の名を東京といい、京都・東京などの古都の名は日本だけではない。
婆娑尼師今29年、激しい洪水に見舞われ、民が飢餓状態に陥ったとき、各地の国倉を開いて救済するなど民思いの王であった。
同年に国の周辺、今の昌寧にあった比只国、大邱にあった多伐国、挟川にあった草八国の小国を併合して国勢を高める兆しが窺えるが、在位23年に亡くなり地綾園内に葬られた。
(キム・ヤンギ 比較文化学者)

2018-02-07 7面
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