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最終更新日: 2018-06-06 21:02:00
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2018年01月01日 00:00
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韓国史を彩る王たちの物語68―第24代 東城王
胆力があり弓術に優れる

 東京で育ったわたしは幼い頃、家に出入りする当時の朝鮮人たちから、朝鮮の昔話や民話伝説などを聞く機会が多かった。檀君というウリナラ(わが国)の最初の王様はコム(熊)から生まれたのだよ、という話も聞かされた。このシリーズでも触れたので詳しい話は省くが、熊は神聖な動物として崇められてきた。
幼い頃、さまざまな話を聞いたことから1989年に”父が子に語る韓国の歴史”というテーマで『物語韓国史』(中公新書)を執筆した。お陰様で、いまも増刷を重ねている。子どもの頃からウリナラには地震がないという話も大人たちから聞かされたが、昨年は慶州で、今年は浦項で地震が起き被害が出ている。百済史を読むと、百済が地震に見舞われ政に大きな影響を受けたという史話によく出合う。こうしたことも歴史から学び、事前の対応に役立つ。
さて本論に戻ろう。文周王の跡を13歳(数え年)の長男である三斤王が継いだが3年後に亡くなり、文周王の弟である昆支の子が王位を継いだ。存在感の薄い三斤王の跡を継いだ24代東城王である。幼かった前王とは異なり胆力が据わり、弓術も百発百中と言われるほど優れていた。 
即位して10年あまりは、高句麗や新羅との戦も小競りあい程度で、貢ぎ物や朝貢などで戦を避け、10年(488年)に魏が海から攻めてきたときは撃退した。その翌年は大豊作になり、国中に稲穂が満ち、10月に王は神壇を設けて天地を祭り、11月には宴会を開いて群臣を楽しませた。
ところが13年6月、熊川(白馬江)が溢れて王都(公州)の200余家が水没する水難に遭い、600余人の民が新羅へ逃亡する惨事に見舞われる。17年に百済が高句麗に攻められ窮地に立たされたとき、東城王は新羅に救援を請い、新羅はそれに応えて徳智将軍に兵を与えた。現場に着くと高句麗は退却し、戦はおさまった。このように高句麗・百済・新羅は、戦と和睦と救援を重ね合いながら、それぞれの国を維持していたのである。
20年のくだりに珍しい史話が見える。百済の南端沖の島にあった躭羅(済州島にあった国)が百済に朝貢も貢ぎ物もしないことに不快感を示し、躭羅攻めに向かった。それを知った躭羅は使者を使わして無礼を詫び、戦は起こらなかった。
22年(500年)のくだりに「良薬は苦いが病に効き、忠言は耳障りだが正しい行いのためになる。昔日の明君は諫言を受け入れたが今は諫言をする人も少ない」と、政への戒めが記されている。23年に王は狩りにいったとき、その地域の秩序が乱れたので臣下の加に鎮めるように命じた。加は病気を理由に辞退したが許されず、それを恨んで人を使わして王を刺殺した。
次回から4世紀から6世紀ごろの新羅王について言及する。

2018-01-01 16面
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