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2017年09月06日 20:15
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高麗青磁への情熱―108―

放浪の旅(三)

柳根瀅
高徹・訳/馬瑞枝・画

 私がそれまで数か所歩いて、きちんと記録したのは四か所である。
最初の記録は、私が高麗青磁の道を目指しはじめてすぐの頃、京畿道漣川である。
二番目は、黄海道チョバクコルである。そこで見つけた土は粘力があり、作るだけの価値はあったが、ちょうど寒い日が続いて水が凍っていたため、しかたなくあきらめて帰ってきた。
三番目は、日本人経営の陶器工場を辞めてからすぐの、楊口の方山に出かけたときで、土も白くきれいだった。楡の灰汁を使って高級磁器が作れることを記録した。
 そして、ここ黄海北道館亭里で黒象嵌を発見したのが、その四番目の記録となった。
私はさらに旅を続けた。今度は咸鏡北道に足を運んだ。咸鏡北道鏡城郡の生気嶺炭鉱には、陶磁器に最も必要な原料である蛙目土と木節土が出るという噂だった。そのうえ、明川には陶磁器工場もいくつかあり、かつての高麗時代の窯の跡も見られるというので、私の興奮はいやが上にも増した。
しかし、咸鏡道に行くには交通の便が悪かった。まず、汽車で北青まで行き、そこから端川までは歩かねばならなかった。再び端川から吉州まで汽車を利用し、そこから明川までまた歩かねばならなかった。何も知らずに出かける初の旅だったので、その苦労は筆舌に尽くしがたいものがあった。
鏡城の生気嶺である。片方には真っ黒の石炭が山と積まれており、もう一方には黄色い土の塊の中から白い土を選鉱する人びとの姿が見られた。
そのような土は日本にあることはあるが、ここの土は質がよくて日本にも輸出されているという。私はその二種の土をそれぞれ紙に包み、木節土、蛙目土と書き込んだ。
そこから今度は、明川に向かった。そこまでどれほどの距離があるのか、地図もなくわかるはずもなかった。とにかく、そこには陶磁器工場もいくつかあり、昔の窯の跡もあるということだけが頼りで、その分、好奇心も湧き、取るものも取りあえず出発したのだった。
いくら歩いても暫くは人影すら見ることができなかった。無人の道をただただ歩いたが、しだいに空腹感が襲ってきた。どこにでも人の住むところはあるはずだという一縷の望みを抱いていた。ましてや死んでなるものかという意地があった。
どれくらい歩いたろうか。突然、食欲をそそる美味しそうな匂いが漂ってきた。私は空腹なところへもってきて、なんとも知れぬ匂いが漂ってきたため、もう我慢ならなかった。後でわかったが、鰯を釜で茹でて油を取ったあと、残り物を乾燥させている匂いであった。

2017-09-06 6面
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