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最終更新日: 2017-07-28 08:18:42
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2017年06月28日 00:00
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高麗青磁への情熱―101―

放浪の旅(五)

柳根瀅
高徹・訳/馬瑞枝・画

 すると、数人の者が網の中に入って何か所かに穴を開け、魚を逃してしまった。
「あーあ、せっかく捕えた魚をどうしてまた逃すんですか?」
「ハハー、陸の者は知らないんだな。あのままにしておくと魚が騒ぎだして、そのとたんに網ばかりか舟ごとみんななくなってしまうんだよ。それで逃してやるのさ」
私はそんなことも知らなかった。
私はそこで五日分の二五銭をもらって、再び発った。
次に行ったところは利原の遮湖である。そこでは明太漁が真っ盛りだった。私はここでも三、四日働いて二〇銭を手に入れたのはいいが、目的も達せないまま、家に帰ってきた。
「オモニム、お久しぶりです」
「あら、お帰り。ずいぶん苦労したろう。顔からして大変苦労したように見えるよ」
「うちを一歩出れば、苦労はつきものですよ」
「途中、お腹が空いたりしなかったかい?」
「そんな心配は要りません。咸鏡道では鰯漁をして金を稼ぎましたよ。また帰り道の利原の遮湖でも明太漁を手伝って、ほら、こんなにたくさん稼いできましたよ。ぼくのことは心配要りません。オモニのほうがいっそう心配です」
家に暫くいて体を休めながら、調査した記録を整理すると、すぐ次の旅に出た。
次に出かけたところは、平安南道江西郡アンチャ面だった。そこには広い平野に窯の跡も見られ、近くの山には彫刻の断片があちこちに落ちていた。私は原料と思われる土と彫刻の破片とを袋に入れて、さらに黄海南道松禾郡雲遊面におもむいた。
そこでは一か所に窯跡が集まっており、またその付近に破片が散らばっていた。その彫刻の断片を見ると、色彩も白く透明で、白紙のように薄いものでありながらも曲がったりしない。熱度が相当高かったようすがうかがえる。
次に行ったところは、忠清南道大田鎮南面の窯跡である。大田駅から西北に一キロほど離れたところだが、そこの破片を見た結果、絵高麗ということがよくわかった。
歴史には白高麗と絵高麗が作られたとの記録はあるが、それぞれの製造場所については何の記録もない。だが私が直接観察してみたところ、白高麗は黄海南道松禾郡雲遊面で、絵高麗は忠清南道大田鎮南面でそれぞれ作られたという確信が持てた。
その後も、全羅北道扶安郡茁浦付近や鎮安郡聖寿面道通里、全羅南道康津郡大口面など、行く所どころから夥しい破片と土を持って帰った。

2017-06-28 6面
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