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最終更新日: 2017-03-25 08:41:34
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2017年01月01日 01:19
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「韓国と日本」 地道に広がる交流
力がある限り続く

 雲行きが怪しくなってきたとはいえ、韓国と日本の外交関係は2015年末の従軍慰安婦合意などを機に、改善に向かっている。旅行者数は韓国から日本が年間約500万人、日本から韓国が200万人以上。民間交流も盛んだ。日本の各地には、長年にわたって韓国との関係を築き、発展させてきた人がいる。地道な草の根交流を行う数多の人々の中から3人のエピソードを紹介する。

韓国での三味線教室の様子
川崎を中心に活躍した重鎮が語る 友人として仲良くしていく信頼も

 韓国と日本の草の根交流において代表的な組織が日韓親善協会(韓国側は韓日親善協会)だ。全国組織の中央会を筆頭に、多くの自治体に置かれている。現役や元議員、そして地元の民団関係者が中心だが、政治家ならではの手腕を発揮して姉妹都市交流や芸術交流といった「大きな枠」での交流を下支えしている。
日韓親善協会にあって、「斎藤文夫」という名は格別な重みを持つ。川崎市に生まれ育ち、長じて政治の道(元自民党参議院議員)に入った。1977年、東日本で初となる日韓親善協会を川崎市に設立。今年で40周年を迎える川崎市日韓親善協会と韓日の交流について、重鎮が語った。
――日韓協設立のきっかけは。
「川崎市長選(75年)に落選して浪人していた77年3月、自宅に当時の川崎市議会の保谷三郎議長と民団川崎支部の朴点圭団長が訪ねてきました。戦前から在日韓国・朝鮮人が多く住んでいた川崎に東日本初となる日韓協を作ってもらえないかという依頼でした」
 ――引き受けた理由は。
「戦争末期、市内にあった三菱重工の工場で勤労奉仕をしていたのですが、そこで在日韓国人の鄭さんという方と一緒に働くことになったのです。鄭さんは苦労しながら夜間中学で学んでいました。私よりも年齢は上の先輩でしたが、やはり当時は日本人に気を使っていたのでしょう。常に私には敬語で話していて、心が痛みました。こうした原体験があったところに、在日韓国人1世の方から『日本人と交流する機会がない』と言われて…。私たち日本人も、地域に住む在日の方との交流がなかったものですから、引き受けました」
――話を受けてすぐに設立したのですね。
「当時の川崎商工会議所の根本茂名誉会頭に会長職をお願いしました。根本名誉会頭も日本鋼管にお勤めだった時代に平壌の工場で現地の労働者に助けてもらったそうです。感謝とともに、迷惑をかけたという気持ちもあった。なので快く会長を引き受けてもらいました。私は副会長、当時私の秘書で現在衆議院議員の田中和徳君が事務局長となりました。依頼を受けて2カ月後の5月には250人を集めて盛大な発会式を行いました」
斎藤文夫氏
今藤珠美さん
 ――妨害があったとか。
「会場となったホテルの外には朝鮮総連の街宣車が来ていました。『南の傀儡(韓国)と手を組むなどとんでもない』と叫んでいました。入り口では嫌がらせの写真も撮られました。これでむしろ『何があっても親善協会は自分がやろう』と強く思ったものです」
――韓国との交流ではどのようなことを?
「韓国には30回以上行きました。70年代は、山に木がなく洪水被害もよくありました。行くたびに20万、30万円の寄付をしたものです。史跡や板門店などの見学だけでなく、川崎の実業団に所属する選手を連れて韓国に親善試合に行ったことや、教育現場の視察をしたこともあります。私は芸術に関心があるものですから、韓国で利川の窯元を見に行った際は大変貴重な経験をさせていただきました。芸術分野では彫刻家・田辺光彰さん(故人)の作品を韓国の国立現代美術館に寄贈しました」
――姉妹都市交流も盛んですね。
「川崎市は96年に京畿道の富川市と姉妹都市になりました。川崎市は『音楽のまちづくり』を進めておりますので、楽団の交流なども行っています。2012年には市議60人中59人が参加する日韓議連も作ってもらいました」
――昨今はヘイトスピーチが問題になりましたが。
「地元であのようなデモが行われていることを知った時は愕然としました。いわゆるヘイトスピーチ対策法が国会で可決されましたが、罰則はありません。川崎市日韓親善協会は、市長に対して断固たる処置を求める要望書を提出し、条例制定までやってもらいたいと考えています。地域の発展のために協力してくれている人に対して、また多文化共生の時代に国際化著しい川崎で、一部とはいえこのような人がいるのは日本人の恥です」
――40年前とは大きく変わったのでは。
「在日1世の方たちと、まったく交流がないところからスタートしました。それが交流を始めてからというもの、街で会えば互いに挨拶をするようになり、夫人同士で料理を教えあったり、市民生活の幅がぐっと広がりました。国と国との関係がぎくしゃくしても、友人として仲良くしていこうという大きな信頼も生まれました」
 ――世代が変わり、変化もあったのでは。
「若い人たちが1世の方々のように積極的かといわれればそうでないかもしれません。昔は日韓親善協会だけでしたが、今はさまざまな交流の窓口があるのです。旅行や留学などによる個人の交流も増えました。私の孫娘は韓国にたびたび旅行して、韓国語も話せます。これからは2世、3世のみなさんと交流を深め、絆を深めたいと思います。ただ、何かあった時に議会を動かすなどの大きな力を発揮できるのは日韓親善協会です。より多くの方の積極的なご参加を望みます」

2017-01-01 6面
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